BECCS(バイオエネルギー炭素回収・貯留)とは?詳しくてわかりやすい解説|What Is BECCS?

村山 大翔

村山 大翔

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他のネガティブエミッション技術と並び、BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage)、すなわち「バイオエネルギー炭素回収・貯留」は、最も大きなポテンシャルを持つと同時に、論争を巻き起こしている技術である。これは、植物の光合成の力を利用して、エネルギーを生み出しながら、同時に大気中の二酸化炭素(CO2)を削減するという、一石二鳥の可能性を秘めた技術である。

本稿では、このBECCSを炭素除去(CDR)技術の視点から解説する。BECCSがいかにして、理論上、大規模な炭素除去を実現するのか。その一方で、原料となるバイオマスの大規模な生産が、食料安全保障や土地利用、生物多様性にどのような脅威をもたらしうるのか。その信頼性を巡る根本的な課題を、包括的に解説する。

BECCSとは

BECCSとは、植物などのバイオマスを燃焼させてエネルギーを生成し、その際に発生するCO2を分離・回収し、地中深くに貯留することで、大気中のCO2の純減を目指す技術である。

BECCSが「ネガティブ・エミッション」となる原理は、以下のサイクルに基づいている。

  • 吸収(Removal)
    植物が、成長過程で光合成により大気中からCO2を吸収する。これが、除去の出発点となる。
  • エネルギー生成(Energy Generation)
    この植物(バイオマス)を燃料として発電所などで燃焼させ、電気や熱といったエネルギーを取り出す。
  • 回収・貯留(Storage)
    燃焼時に発生したCO2を、大気中に放出される前に炭素回収・貯留(CCS)技術で回収し、地下に永久に貯留する。

この一連のプロセスを通じて、植物が吸収したCO2が再び大気に戻ることなく地中に隔離されるため、結果として大気中のCO2が純粋に減少することになるという考え方である。

BECCSの重要性と「カーボンネガティブな発電所」

BECCSの重要性は、現代社会に不可欠な「エネルギー」を生産しながら、同時に気候変動の原因であるCO2を大気中から「除去」するという、二重の役割を果たせる唯一無二の可能性にある。

これは、通常の発電所とは全く逆の働きをする「カーボンネガティブな発電所」の概念である。

  • 従来の化石燃料発電所
    地中の炭素を掘り出し、燃焼させてエネルギーを得る代わりに、CO2を大気中に加える
  • BECCS発電所
    大気中の炭素を吸収した植物を燃焼させてエネルギーを得て、そのCO2を地中に戻す

この特性から、IPCCが示す1.5℃目標達成シナリオの多くで、BECCSは将来の避けられない残余排出をオフセットし、さらには過去の排出を清算するための、極めて大規模なCDR手段として、計算上、重要な役割を担うとされる。

仕組みとサプライチェーンの構成

BECCSのプロセスは、原料の調達からCO2の貯留まで、広範なサプライチェーンで構成される。

  1. バイオマスの生産・調達
    • BECCSの原料には、大きく分けて二種類ある。
      • エネルギー作物
        スイッチグラスやヤナギなど、成長が早くエネルギー効率の高い植物を、BECCSのために大規模に栽培する。
      • 廃棄物・残渣
        農業廃棄物(稲わら、もみ殻など)や、林業廃棄物(間伐材、製材くずなど)、都市ごみなどを原料として利用する。
  2. エネルギー転換と発電
    調達したバイオマスを専用のボイラーで燃焼させ、その熱でタービンを回して発電する。
  3. CO2の回収・貯留
    発電所の煙道から排出される排ガスにCCS設備を設置し、CO2を分離・回収する。回収したCO2は、パイプラインなどで輸送し、地中深くに圧入・貯留される。

国際的な論点、持続可能性と信頼性

BECCSはその壮大なポテンシャルにもかかわらず、その持続可能性と信頼性を巡る根本的な課題から、大規模な社会実装には至っていない。

持続可能性のジレンマ、ライフサイクルでの排出量

BECCSの最大の論点は、そのライフサイクル全体での排出量である。原料となるバイオマスの栽培(肥料の使用)、収穫、輸送、加工の各段階でGHG(温室効果ガス)が排出される。また、エネルギー作物のために森林を伐採してプランテーションを造成すれば、差し引きで排出量がプラスになる「間接的土地利用変化(ILUC)」のリスクもある。

したがって、BECCSプロジェクトが真に「カーボンネガティブ」であるかを証明するには、極めて厳格で透明性の高いライフサイクルアセスメント(LCA)が不可欠であり、これが信頼性の核心となる。

食料安全保障との競合

BECCSの大規模な展開は、広大な土地を必要とする。これが、食料生産のための農地や、地域住民の生活に必要な土地と競合し、「土地の収奪(ランド・グラビング)」を引き起こすリスクが深刻に懸念されている。気候変動対策のために、食料価格が高騰し、小規模農家が土地を追われるという事態は、公正な移行の理念に反する。

メリットと課題

BECCSは、気候変動対策のポートフォリオにおいて、最も魅力的な選択肢の一つであると同時に、最も危険な選択肢の一つである。

メリット課題
エネルギー生産とCDRの両立
クリーンなエネルギーを供給しながら、同時にネガティブエミッションを実現できる。
食料安全保障との競合(最重要課題)
大規模栽培が食料生産と競合し、食料価格の高騰や飢餓を助長するリスクがある。
ベースロード電源としての活用
バイオマスは燃料として貯蔵できるため、天候に左右されない安定した電力(ベースロード電源)を供給できる。
生物多様性への影響
エネルギー作物プランテーションのための自然林の伐採や、単一栽培による生態系の破壊を引き起こす可能性がある。
廃棄物の有効活用
農業や林業の廃棄物を燃料として利用することで、廃棄物問題の解決とエネルギー生産を両立できる。
信頼性の問題
ライフサイクル全体での排出量算定の困難さと、バイオマスの持続可能性担保の難しさがある。
高コストと大規模インフラ
バイオマス発電とCCSの両方の設備が必要であり、莫大な初期投資と、広範なバイオマス供給網が必要である。

まとめ

BECCSは、理論上は強力なネガティブエミッション技術であるが、その実践は、地球の限られた土地と資源を巡る、複雑で倫理的な問いを私たちに突きつける。

  • BECCSは、バイオマスエネルギーとCCSを組み合わせ、エネルギーを生産しながら大気中のCO2を除去する技術である。
  • 気候モデルでは重要な役割を担うが、その持続可能性には深刻な懸念がある。
  • 最大の課題は、食料安全保障、土地利用、生物多様性との競合であり、「公正な移行」の観点から極めて慎重な検討が必要である。
  • その環境十全性は、ライフサイクル全体での排出量を考慮した、厳格で透明性の高い評価にかかっている。

BECCSが持続可能な形で社会に貢献できる道筋は、食料生産と競合しない、真の農業・林業廃棄物や都市ごみを原料とする小規模・分散型のプロジェクトに限られるであろう。大規模なエネルギー作物のプランテーションに依存するモデルは、その社会・環境的リスクから、ますます厳しい監視の目に晒されることになる。