米コロラド州、産業用クレジット取引制度を改定へ 「目標超過分のみ」資産化する厳格運用と環境正義の徹底

村山 大翔

村山 大翔

「米コロラド州、産業用クレジット取引制度を改定へ 「目標超過分のみ」資産化する厳格運用と環境正義の徹底」のアイキャッチ画像

米コロラド州公衆衛生環境局(CDPHE)の大気汚染防止部門は2025年12月17日、製造業における温室効果ガス(GHG)排出・エネルギー管理プログラム「GEMM(Greenhouse Gas Emissions and Energy Management for Manufacturing)」のクレジット取引システムに関する更新案を公表した。

同州は、大規模排出源に対して2030年までに2015年比で20%の排出削減を義務付けており、今回の改定は、企業間のクレジット取引ルールを明確化し、技術的な整合性を図るものである。

今回の更新案では、クレジットの創出条件が極めて厳格に設計されている点が特徴だ。GEMM 2(第2フェーズ)の対象となる施設は、2030年の排出削減義務を「超過して達成した場合のみ」、その余剰分をクレジットとして生成・売却できる。単に排出枠(アロケーション)が割り当てられる従来のキャップ・アンド・トレードとは異なり、削減行動の結果としての「追加性」が強く求められる仕組みとなっている。

対象となるのは、年間2万5,000トン(CO2換算)以上のGHGを排出する大規模製造施設およびエネルギー集約型・貿易露出型(EITE)産業の計18施設。これにはセメント、ビール醸造、半導体製造、ガラス製造などが含まれる。さらに、2024年末に採択された規則第7号(Regulation No. 7)により、2028年からは石油・ガス産業の中流部門(燃料燃焼設備)もこのクレジット市場に参加することが決定しており、市場規模の拡大が見込まれている。

特筆すべきは、「環境正義(Environmental Justice)」が制度設計の中核に据えられている点だ。対象施設の多くが、低所得者層やマイノリティが多く居住する「不均衡な影響を受けるコミュニティ(Disproportionately Impacted Communities)」の近隣に位置している。規則では、こうしたコミュニティから1マイル(約1.6km)以内の施設に対し、クレジット購入によるオフセット(相殺)よりも、オンサイト(敷地内)での直接的な排出削減対策を優先するよう義務付けている。具体的には、社会的費用と比較してコストが50%増となる対策であっても、有害な大気汚染物質の削減効果が高い場合は実施を求めるなど、地域住民の健康被害防止と脱炭素の両立を図る厳しい要件が課されている。

クレジットの有効期限は発行から3年間とされ、期限切れのクレジットは自動的にその時点のコンプライアンス期間に充当・償却される。また、クレジット取引制度を補完する仕組みとして、2026年2月には「州管理基金」の設立案が検討される予定だ。これは市場でクレジットが不足した場合のセーフティネットや、価格安定化メカニズムとして機能する可能性がある。

州政府の試算によれば、このプログラムによる経済効果は2015年から2050年の累積で11億ドル(約1,650億円)を超えるとされ、そのうち気候変動対策による回避コストが9億5,000万ドル(約1,425億円)、大気汚染改善による健康便益が1億7,000万ドル(約255億円)に上ると見積もられている。

本ニュースは、排出量取引制度(ETS)における「クレジットの質」と「地域社会への配慮」という、世界的潮流を反映した重要な事例だ。特に注目すべきは、クレジットの生成を「義務削減量の超過分」に限定した点。これは、初期配分された排出枠を売買するだけの「空虚な取引(Hot Air)」を防ぎ、実質的な削減を担保する設計と言える。

また、環境正義の観点から、クレジット利用に地理的な制約(オンサイト優先)を設けたことは、日本のGXリーグや今後のカーボンプライシング設計においても、地域共生や公害防止の観点から重要な示唆を含んでいる。「金で解決する」だけでなく、「地元での実質削減」をどうバランスさせるか、コロラド州のモデルは一つの解となるだろう。

参考:https://cdphe.colorado.gov/apcd/GEMM-phase-2-rule