パリ協定の下、全ての国が参加する新しい国際協力の時代が始まりました。その中で、日本が独自に推進し、世界の気候変動協力のモデルの一つとして注目されているのが「二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism, JCM)」です。この記事では、日本の先進的な脱炭素技術と、途上国の持続可能な開発を結びつけるこのユニークな制度について、その仕組み、目的、そしてパリ協定下での重要な役割を解説します。二国間クレジット制度(JCM)とは?JCMとは、一言で言うと「日本がパートナー国(主に途上国)と協力し、現地で温室効果ガスの排出削減プロジェクトを実施し、その成果として得られた削減量を、両国で分け合う(配分する)制度」のことです。この制度の核心は、国連などが一元管理するのではなく、日本とパートナー国が「二国間(Bilateral)」で協力関係を築き、ルール作りからプロジェクトの認証までを共同で行う点にあります。日本は、プロジェクトの実施を通じて、優れた低炭素・脱炭素技術や製品、システム、インフラなどを提供し、パートナー国の持続可能な開発に貢献することを目指します。なぜJCMが重要なのか?JCMは、日本の国際的な気候変動戦略において、中心的な役割を担っています。パリ協定第6条の実施ツールJCMは、日本がパリ協定第6条2項(協力的アプローチ)を実践するための、主要な手段と位置づけられています。JCMを通じて創出されたクレジットは、ITMO(国際的に移転される緩和成果)として、日本の排出削減目標(NDC)の達成に活用されることが期待されています。日本の先進技術の海外展開高効率のボイラー、省エネ型セメントプラント、地熱発電、廃棄物発電といった、日本の強みである優れた環境技術を、具体的なプロジェクトを通じて海外に普及させるための、強力な推進力となります。柔軟で迅速な国際協力国連主導の画一的なメカニズムに比べ、二国間の対話を通じて、それぞれのパートナー国の実情やニーズに合わせた、きめ細やかで迅速な協力関係を築くことができます。JCMの仕組みとクレジット創出二国間での共同運営まず、日本とパートナー国は「二国間文書」に署名し、制度の大きな枠組みに合意します。そして、両国の政府関係者などで構成される「合同委員会(Joint Committee)」を設置します。この合同委員会が、その二国間における最高意思決定機関として、プロジェクトの方法論(排出削減量の算定ルール)の承認や、クレジットの認証・発行を行います。プロジェクトの実施とクレジット発行多くの場合、日本の民間企業などが、パートナー国の企業と連携してプロジェクトを実施します。例えば、既存の工場に高効率な設備を導入した場合、導入前の排出量を基準(ベースライン)とし、導入後に実際にどれだけ排出量が削減できたかを測定・報告します。その報告が第三者機関によって検証され、合同委員会によって承認されると、その削減量に見合った「JCMクレジット」が発行されます。クレジットの配分と対応調整発行されたJCMクレジットは、あらかじめ定められたルールに基づき、日本とパートナー国の双方に配分されます。そして、日本が自国に配分されたクレジットを、自国のNDC達成のために利用する際には、ダブルカウントを防ぐための国際ルールである「対応調整(Corresponding Adjustments)」を適用することが不可欠となります。国際的な動向とパートナー国パートナー国の拡大2025年現在、日本はインドネシア、ベトナム、タイといった東南アジア諸国を中心に、モンゴル、サウジアラビア、ケニア、チリなど、アジア、中東、アフリカ、中南米にわたる25カ国以上とJCMを構築しており、そのネットワークは拡大を続けています。プロジェクト事例これまでに、工場のエネルギー効率改善、大規模太陽光発電(メガソーラー)、地熱発電、廃棄物発電など、200件以上の多様なプロジェクトが登録・実施されています。メリットと課題メリットターゲットを絞った、効果的・効率的な技術移転を促進できる。二国間での意思決定により、国連主導の制度に比べて、プロセスが迅速に進む可能性がある。日本とパートナー国との間で、気候変動分野における経済的・外交的な関係を強化できる。デメリット(課題)信頼性の確保:ベースラインの設定が保守的であることや、プロジェクトの追加性が確保されていることなど、クレジットの品質(環境的な健全性)を、国際的に見て信頼性の高いレベルで維持し続けることが常に求められる。透明性と一貫性:パートナー国ごとに合同委員会が存在するため、全てのパートナーシップにおいて、透明性やルールの厳格性が一貫して保たれているか、という点が課題となる場合がある。国際基準との整合性:JCMクレジットの価値を国際的に最大化するためには、ICVCMの「コアカーボン原則(CCPs)」のような、自主的炭素市場のグローバルな品質基準との整合性を図っていくことも重要となる。まとめと今後の展望本記事では、二国間クレジット制度(JCM)が、日本の技術力と途上国の削減ポテンシャルを結びつけ、両国の利益となることを目指す、ユニークな国際協力の形であることを解説しました。【本記事のポイント】JCMは、日本が途上国と一対一で進める、二国間のカーボンクレジット制度。日本の優れた脱炭素技術の移転と、パートナー国の持続可能な開発への貢献を目的とする。パリ協定第6条2項を実践する日本の主要な手段であり、創出されたクレジットはITMOとして活用される。2025年現在、25カ国以上とパートナーシップを結び、協力が拡大している。JCMは、京都議定書時代のCDMが抱えていた画一性やプロセスの遅さといった課題に対応する、新しい協力モデルとして設計されました。その成否は、今後のパリ協定第6条に基づく国際協力のあり方を占う、重要な試金石となります。国際開発の視点からも、JCMが単なる日本の目標達成の手段に留まらず、パートナー国の自主的な脱炭素化への道のりを真に支援し、公正な利益配分を実現できるか、その運用に世界が注目しています。