オーストラリアの生物多様性クレジットとは?Cassowary Creditsのガイドラインや方法論をわかりやすく解説 

村山 大翔

村山 大翔

「オーストラリアの生物多様性クレジットとは?Cassowary Creditsのガイドラインや方法論をわかりやすく解説 」のアイキャッチ画像

生物多様性の保全は、気候変動と並んで地球規模の重要課題として認識されつつあります。国連生物多様性条約(CBD)では、2030年までの目標として自然の損失を止め、回復させる「ネイチャーポジティブ(Nature Positive)」の実現を掲げています。

そうした中、生物多様性に関する成果を取引可能なクレジットとして認証・市場化する動きが、各国で広まり始めています。

オーストラリアのCassowary Credit Schemeは、こうした市場主導型の生物多様性保全モデルの先進例として注目されています。

関連記事:オーストラリアで初の生物多様性クレジット制度が創設 生物多様性回復と炭素取引の積み上げ可能に

本制度は、世界有数の熱帯雨林であるクイーンズランド州の「ウェットトロピクス地域」に特化し、そこでの生物多様性の改善成果をCassowary Creditとして認証し、取引を可能にする制度です。

本コラムではCassowary Credit Schemeの制度設計、対象地域、クレジットの定義、プロジェクトの流れ、参加者要件、追加性・永続性などの技術要件、リスク管理、そして先住民の関与など、制度全体の構造とガイドラインを、制度文書に基づき網羅的かつ分かりやすく解説します。

Cassowary Credit Schemeの基本概要

Cassowary Credit Schemeは、オーストラリアの非営利法人Eco-Markets Australiaが運営する、地域密着型の生物多様性クレジット制度です。制度は2024年8月からベータフェーズとして試行運用を開始し、2026年6月末までに本格運用への移行が検討される予定です。

Cassowary Creditsは、ウェットトロピクス地域の熱帯雨林生態系に対する保全・再生の成果を数値化し、検証済みの単位として認証されたものです。

Figure 1. Map of Australia showing location of the Wet Tropics Bioregion. Inset: Wet Tropics Bioregion is delineated in dark green and the names of main towns are shown.

これにより、環境投資家、企業、政府などが、生物多様性への貢献を可視化・証明し、取引することが可能になります。

制度の構造と対象地域

Cassowary Credit Schemeは、以下の三要素を基盤に構築されています。

  1. 対象地域の限定性
    ウェットトロピクス生物地理区(Wet Tropics Bioregion)に位置し、かつ過去の植生が「熱帯雨林および低木林(Rainforest and Scrubs)」と分類されるエリアに限られる。
  2. 制度文書による厳格な運用
    制度ガイド、標準(Standard)、定義集、方法論(Methodology)など、複数の公式文書に基づき運用される。
  3. プロジェクトごとの科学的検証
    個別のプロジェクトは、定められた手法に従って定量的・定性的な影響評価を受け、検証後にクレジットが発行される。

この制度は単なる「植林活動」ではなく、森林の状態(Condition)、広がり(Extent)、保護状況(Protection)の改善を総合的に評価します。

Cassowary Creditの定義と単位

Cassowary Creditは、「検証された熱帯雨林生物多様性への便益(benefit to rainforest biodiversity)」を示す単位です。プロジェクトが生成する成果は、定義された方法論に基づいて定量化・検証され、それに応じてCassowary Creditsが発行されます。

クレジット数の算出には、対象となる改善成果に対して「換算係数(Conversion Factor)」が適用されます。これは、成果の質や方法論の違いを補正するための係数であり、例えば自然再生による成果と保護区指定による成果が同一には扱われないようになっています。

プロジェクトの流れと手続き

Cassowary Credit Schemeでプロジェクトを実施するには、以下のステップを踏む必要があります。

  1. プロジェクトの特定と計画作成
  2. 先住民や関係者との合意形成
  3. 申請書提出と妥当性確認(Validation)
  4. プロジェクト登録(Registration)
  5. 実施とモニタリング
  6. 成果報告と検証(Verification)
  7. クレジット申請と発行
  8. 市場での取引とリタイア(使用済みとして登録)

各ステップでは、形式的な要件や提出書類、モニタリング項目、記録保持義務などが細かく定義されています。

技術的な要件と信頼性の確保

Cassowary Credit Schemeは、制度の信頼性を担保するために、以下の要件を重視しています。

  1. 追加性(Additionality)既存の法的義務、助成金契約、事業計画等によって実施される活動は除外されます。プロジェクトによる成果が、「プロジェクトがなければ起こらなかった」ことを証明する必要があります。
  2. 永続性(Permanence)プロジェクトによる成果は、一定期間にわたって持続されなければなりません。制度では「Permanence Period(永続期間)」が定められており、期間中のリスク対策やモニタリング、法的保全措置などを講じることが義務付けられます。
  3. リバーサル・リスク(Risk of Reversal)成果が失われた場合のリスクに備え、全体の5%が「リスクバッファ」として控除され、共通口座に蓄積されます。不可抗力(台風、火災等)による損失には制度が補償を行う一方、プロジェクトの不備や過失による損失には制裁が加えられることもあります。

カーボンクレジットとの積み上げの可能性

Cassowary Credit Schemeは、生物多様性の便益に焦点を当てた制度ですが、炭素クレジットとの「積み上げ(stacking)」の可能性も検討されています。すなわち、同一のプロジェクト活動から、生物多様性と炭素の両方を評価し、それぞれ独立したクレジットとして発行する仕組みです。

ただし、Cassowary Creditsを発行するにあたっては、他の市場sw既に評価された成果と「重複」していないこと、すなわち追加性が損なわれないことが前提です。プロジェクトが他の環境市場と併用される場合には、それぞれの制度のガイドラインに従って、成果の分割評価やダブルカウントの回避が求められます。

将来的には、自然関連市場全体の統合的なフレームワークの中で、炭素・生物多様性・水資源など複数の環境成果を積層的に評価・報告する枠組み(Integrated Environmental Markets)の一部としての役割が期待されています。

先住民と地域社会の関与

Cassowary Credit Schemeでは、レインフォレスト先住民の権利と知識を尊重することが制度の根幹にあります。

  • プロジェクトが先住民の土地または関係する地域で実施される場合、「自由意思に基づく事前の同意(Free, Prior and Informed Consent)」が必須です。
  • 制度では、地域に拠点を置くオペレーターや、先住民の雇用を促進する事業者に対して優先的に認定(Approved Operator)を与える仕組みを設けています。
  • 伝統的知識を活用する場合には、知識保持者からの明示的な同意と、適切な対価の支払いが必要とされます。

まとめ

Cassowary Credit Schemeは、特定地域における生物多様性の保全・回復を対象とした先駆的なクレジット制度です。その精緻な設計と、地域社会・先住民の深い関与によって、高い環境的・社会的信頼性を有しています。

本制度は、今後、企業のESG投資、ネイチャーポジティブ戦略、国際的な開示基準(TNFD等)との連携により、オーストラリア国内のみならず、国際的な生物多様性市場のモデルケースとなる可能性を秘めています。

参考:https://eco-markets.org.au/cassowary-credits/