「カーボンオフセットに司法の疑念」 世界各地で企業のカーボンニュートラル主張に異議申し立て相次ぐ

村山 大翔

村山 大翔

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6月25日、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)は、世界中で企業によるカーボンクレジット利用に対し法的異議申し立てが急増しているとする年次報告書を公表した。報告によれば、2015年以降に提起された気候関連訴訟約3,000件のうち、特に近年は企業の「クライメートニュートラル」や「カーボンオフセット」主張に対する司法の監視が強まり、訴訟の多くで企業側が敗訴している。

LSEの「2025年版気候変動訴訟グローバル・スナップショット」によると、企業が温室効果ガス(GHG)排出削減の手段としてカーボンクレジットを購入する戦略に対し、裁判所が疑問を呈する事例が各国で増加している。

代表的な事例として、オーストラリアでは電力会社エナジー・オーストラリアが「カーボンオフセットは排出による損害を防げない」と認め、誤解を招くマーケティングに関して顧客へ謝罪した。同社は親の団体が提起したグリーンウォッシング訴訟を和解で終結させたが、これは同国で初めて「カーボンニュートラル」表示が訴訟対象となった案件だった。

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米国では、オレゴン州の住民2人が大手ガス会社NWナチュラルを提訴。牛のメタン発酵施設に資金を送る「スマートエナジー」プログラムに関し、排出削減効果に実態がなく、消費者保護法に違反すると主張している。

ドイツでも、菓子会社カッチェスが「クライメートニュートラル」と記した商品表示が曖昧であるとして連邦裁判所が違法と認定した。同社は実際には排出削減ではなく、カーボンクレジット購入でオフセットしていたことが争点となった。判決では今後、広告中に「クライメートニュートラル」等の用語を用いる際は、その意味を明示する必要があるとされた。

こうした事例は、カーボンクレジットの信頼性や、購入によって製品やサービスの排出量が「ゼロ」と主張できるのかといった、根本的な法的問題を突くものとなっている。

また、グローバル・サウスにおいても、カーボンオフセット事業に対する地域住民の訴えが増加している。ケニアでは、イシオロ郡の住民が北部牧草地信託(NRT)による炭素除去(CDR)事業に対し、共有地の無断使用を違法とする訴訟を起こし、裁判所は住民側の主張を認めた。この事業にはMetaやNetflix、ブリティッシュ・エアウェイズなども関与していた。

ブラジルでも、パラー州での1億8,000万ドル(約288億円)規模のREDD+プロジェクトに関し、州検察が連邦政府と州政府、州の環境企業を提訴。契約の即時停止と無効化を求めている。

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さらに、2024年には米国で少なくとも3件のカーボンクレジット詐欺が刑事事件化されており、アフリカやアジアのプロジェクトデータを改ざんした元関係者の起訴も報告された。

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LSEの報告は、企業の気候計画に対し、法的リスクや消費者の懐疑的な目線、規制強化が企業行動の変化を促していると分析。カーボン・マーケット・ウォッチとニュー・クライメート・インスティテュートの調査によれば、2022年時点では大半の企業がカーボンクレジットに依存していたが、7月に発表予定の最新報告ではその傾向が減少している可能性があるという。

報告は「裁判所は、企業のネットゼロ達成における責任とその法的境界線を明示する上で、今後も重要な役割を果たす」と結論付けた。

参考:https://www.lse.ac.uk/granthaminstitute/publication/global-trends-in-climate-change-litigation-2025-snapshot/