シンガポールとタイの両政府は2026年3月31日、パリ協定第6条に基づくカーボンクレジット創出プロジェクトの公募を正式に開始する。
シンガポールのガン・キムヨン(Gan Kim Yong)副首相兼通商産業相が2月26日の国会審議で明らかにした。東南アジア諸国連合(ASEAN)内において、パリ協定の二国間協力(第6条2項)に基づくカーボンクレジットの運用が実務段階へ移行するのは今回が初の事例となる。
今回の協力枠組みは、2025年8月に署名された実施合意書に基づくものである。募集対象となるプロジェクトには、森林保全や再植林といった炭素除去(CDR)分野に加え、家畜管理の改善によるメタン排出削減などが含まれる見通しだ。
シンガポール国内の炭素税支払い義務がある企業は、本枠組みで承認された高品質なカーボンクレジットを活用することで、課税対象排出量の最大5%をオフセットすることが可能となる。シンガポールの炭素税は段階的な引き上げが予定されており、企業にとって海外由来のカーボンクレジット調達は、脱炭素コストを最適化する重要な戦略的選択肢となる。
本合意では、環境整合性を担保するための厳格な基準が設けられている。発行されるカーボンクレジットの2%は発行直後に無効化され、いかなる国の削減目標(NDC)や取引にも使用できない。これは、単なる排出枠の移転にとどまらず、世界全体での純粋な排出削減(OMGE)を確実にするための措置である。
また、両国は2025年11月に、あらかじめ承認された「適格方法論リスト」を公表済みである。これには、Gold StandardやVerraといった国際的な基準が含まれており、二重計上を防ぐための「相応の調整(Corresponding Adjustments)」がタイ政府によって行われることが明記されている。
シンガポールにとって、タイはルワンダ、ガーナ、ペルー、ブータンに続き、第6条に基づく運用段階に入った5番目のパートナー国となる。国土が狭く、国内での大規模な脱炭素化に制約があるシンガポールにとって、こうした国際的な協力枠組みは2030年の気候変動目標達成に向けた「生命線」といえる。
タイ側にとっても、先進的なシンガポールの知見や投資を呼び込むことで、自国内の環境プロジェクトを加速させる狙いがある。現在、炭素価格の国際的な標準化が進む中、両国の先行事例は他のASEAN諸国によるカーボンクレジット市場形成のモデルケースとなる可能性が高い。
シンガポールとタイの合意が実務段階に入ったことは、日本企業にとっても見過ごせない動きである。特にタイに進出している製造業や農業関連の日系企業は、自社の削減活動をカーボンクレジット化し、シンガポール市場へ供給する新たな収益モデルを検討すべき段階に来ている。また、日本政府が進めるJCM(二国間クレジット制度)との互換性や競争環境の変化にも注視が必要だ。
参考:https://www.carbonmarkets-cooperation.gov.sg/files/Singapore_Thailand_IA_Main_Text_Signed.pdf
