米マサチューセッツ州に拠点を置くクライメートテック企業のマンテル・キャプチャー(Mantel Capture)は12月15日、カナダの石油・ガス生産企業と提携し、商用規模の炭素回収・貯留(CCS)プロジェクトに向けた基本設計(FEED)を開始したと発表した。
同社の独自技術である溶融ホウ酸塩を用いた回収システムを、カナダ中西部のオイルサンド抽出設備に導入する計画で、年間約6万トンの二酸化炭素(CO2)回収を目指す。従来のCCS技術が抱える最大の課題であるエネルギー損失を劇的に改善する事例として、産業界からの注目が集まっている。
今回のプロジェクトは、アルバータ州のイノベーション機関「アルバータ・イノベーツ」の支援を受けて実施される。具体的には、蒸気補助重力排水法(SAGD)と呼ばれるオイルサンド抽出プロセスに、マンテルの回収システムを直接統合する。
計画では、年間約6万トンのCO2を回収すると同時に、プロセス廃熱を利用して年間15万トンの高圧蒸気を生成するとしている。生成された蒸気はそのままオイルサンド生産プロセスに再利用されるため、生産活動を阻害することなく脱炭素化が可能となる。
マンテルの技術的特徴は、従来主流であるアミン法とは異なり、高温の液体状態で機能する「溶融ホウ酸塩」を使用する点にある。 ボイラーや排熱回収ボイラー(HRSG)の内部といった高温環境に直接設置できるため、CO2を分離しながら熱を回収する「熱ループ」を構築できる。同社によると、この手法により従来技術と比較してエネルギー損失を最大97%削減し、追加処理なしで貯留・利用可能な純度99.9%のCO2ストリームを生成できるという。
マンテルの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)であるキャメロン・ハリデイ氏は、産業界への導入障壁について次のように述べた。「当社のアプローチは、エネルギーの非効率性を排除することで、あらゆる規模での技術的・経済的な実現可能性を高めるものだ。産業界に対し、大規模な排出削減を行いながら、将来のエネルギーシステムに向けて操業を近代化するための、実用的かつ収益性の高い手段を提供する。」
本プロジェクトは、マンテルにとって技術の急速なスケールアップを意味する。同社は現在、カナダ・ケベック州にあるクルーガーの製紙工場で年産2,000トン規模の実証プラントを稼働させているが、今回の石油・ガス案件はその30倍の規模となる。同社はさらに、セメント、鉄鋼、化学、発電、データセンターなど、脱炭素化が困難な「Hard-to-Abate」セクターにおいて多数のパートナーと協議を進めており、エネルギー多消費型産業でのCCS普及を加速させる構えだ。
「エネルギーペナルティ」の解消が、日本企業のCCS導入を後押しする
今回のニュースは、単なる一企業のプロジェクト開始にとどまらず、CCSの経済性を変える可能性を示唆しています。
従来のアミン法によるCCSは、CO2を分離・回収するために大量の熱エネルギーを必要とします。発電所や工場では、本来生産に使うべき蒸気をCCS側に回さなければならず、これが発電効率や生産効率の低下を招き、導入コストを高止まりさせていました。
マンテルの「溶融ホウ酸塩」技術は、この常識を覆し、CO2回収プロセス自体が熱源となる点で画期的です。これは、エネルギーコストが高く、かつ熱需要の大きい日本の製造業にとって極めて重要な視点です。
日本国内でも三菱重工業などが高効率な回収技術を展開していますが、マンテルのような「ボイラー内部への統合型」技術が商用規模で実証されれば、既存設備の改修における選択肢が大きく広がります。
「脱炭素はコスト」という認識から、「熱回収によるプロセス効率化のついでに脱炭素」というパラダイムシフトが起きるか、6万トン級プラントの稼働実績に注視する必要があります。

