EU国境炭素税の適用開始迫る ポーランド「ウクライナ緊急電力の除外」を要請

村山 大翔

村山 大翔

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2026年1月のCBAM本格導入を前に、戦時下の電力安定供給と脱炭素ルールの整合性が問われる事態に。

2025年12月10日、ポーランド政府は、2026年1月1日から本格運用が開始されるEUの「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」に関し、ウクライナからEU加盟国への「緊急および非商用」の電力輸入を適用対象外(derogation)とするよう、EU連合理事会に対し正式に要請した。

ロシアによるエネルギーインフラ攻撃が続くウクライナへの緊急支援が、新たな炭素コストによって阻害されるリスクを回避するため、エストニアおよびリトアニアと共に、送電系統運用者(TSO)への無償排出枠の付与などを求めている。

迫る「炭素の国境」と緊急支援のジレンマ

EUは気候変動対策の一環として、域外からの輸入品に対し、製造時の炭素排出量に応じた金銭負担を求めるCBAMを導入しており、2026年1月からは実際の排出枠(CBAM証書)購入義務が発生する。しかし、ポーランドはこの制度が電力の「物理的な特殊性」を考慮していないと指摘する。

ポーランドが提出した文書によると、電力の越境取引には商用契約に基づかない「非計画潮流」や、停電回避のための「緊急支援」が含まれる。これらは送電網の安定性を保つための技術的な措置であり、環境負荷を考慮して調整できる性質のものではない。

特にウクライナの電力システムは、連日の軍事攻撃により「継続的な緊急モード」で運用されており、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアのTSOによるリアルタイムの緊急支援が、病院や重要施設への電力供給維持に不可欠となっている。

データが示す「命綱」としての電力融通

ポーランド側のデータは、この緊急支援の重要性を物語っている。

  • 直近の急増
    2025年10月23日から11月19日のわずか1ヶ月弱の間に、ポーランドのTSOはウクライナから17.5ギガワット時(GWh)の緊急電力輸入を実施した 。
  • 支援の比重
    この量は、ポーランドとウクライナの連系線が再稼働した2023年6月以降の全緊急輸入量の約14%に相当し、冬季に向けた支援ニーズの急増を示している。

ポーランド等は、こうした予測不能な緊急時の電力フローに対してCBAMの排出枠購入義務を課すことは、TSOにとって「高コストかつ人工的」であり、環境上の利益をもたらさないばかりか、TSO間の決済プロセスに重大な混乱を招く恐れがあると警告している。

クレジット市場と制度設計への要求

カーボンクレジットおよび排出権取引の観点から見ると、本件は「人道・安全保障上の例外」を炭素価格制度にどう組み込むかという重要な先例となる。

通常、CBAMはEU排出量取引制度(EU ETS)と連動し、公平な競争条件(レベル・プレイング・フィールド)を確保するために設計されている 。しかし、ポーランド等は以下のいずれかの措置を強く求めている。

  1. 対象外措置(Derogation)
    TSOによる緊急支援および技術的フローをCBAM義務から除外する 。
  2. 無償排出枠(Free allowances)
    代替案として、TSOに対して相当分の無償排出枠を付与する 。

今後の焦点

本件は、2025年12月15日に開催される「運輸・通信・エネルギー理事会」の「その他の議題(AOB)」として議論される予定である

2026年1月の課金開始まで残りわずかとなる中、EUが「厳格な脱炭素ルールの適用」と「近隣国への安全保障上の配慮」のバランスをどう取るのか。炭素国境措置の柔軟性を試す試金石として、市場関係者の注目が集まる。

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参考:https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-16412-2025-INIT/en/pdf

参考:https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2025/12/10/2040-climate-target-council-and-parliament-agree-on-a-90-emissions-reduction/#:~:text=The%20co%2Dlegislators%20agreed%20to,reductions%20of%2085%25%20by%202040.