SBTiが進める新たな企業向けネットゼロ基準の策定プロセスに対し、二酸化炭素除去(CDR)業界が強い危機感を表明している。北欧炭素除去協会(Nordic Carbon Removal Association)が主導し、クライムワークス(Climeworks)やワン・ポイント・ファイブ(1PointFive)、米決済大手ストライプ(Stripe)など、CDRバリューチェーンの主要55社・団体が、SBTiの公開草案に対する修正を求める共同書簡を提出した。
業界側は、現状の草案ままでは企業がネットゼロ目標の達成手段として恒久的CDRを利用することが「法外に高コスト、あるいは不可能になる」と警告しており、炭素除去市場の拡大と気候目標の達成において重大な岐路となる可能性がある。
「二重計上」定義の厳格化に異議
問題となっているのは、SBTiが2025年11月6日に公開し、パブリックコメント(意見公募)を開始した「企業ネットゼロ基準(Corporate Net-Zero Standard)バージョン2.0」の協議用ドラフトである。
11月28日付でSBTiに送付された共同書簡において、署名企業らはドラフト内の以下の2点について、「企業の取り組みを阻害するのではなく、促進するよう」文言の修正を強く求めた。
1. 二重計上と相当調整に関する要件(C29.6項)
SBTiのドラフトでは、企業が排出量の「中和(Neutralization)」に使用するクレジットについて、他主体との二重計上を厳格に排除する姿勢が示されている。これに対し署名企業側は、企業がボランタリー(自主的)に購入したクレジットが、プロジェクト実施国の国家目標(NDC)達成にも寄与する場合、これを「二重計上」として排除すべきではないと主張している。
具体的には、企業と国家の気候会計を別個のシステムとみなす「デュアル・レッジャー(二重台帳)」アプローチの採用を求めた。これは、企業がクレジットを使用しても、実施国側で排出削減分を国家実績から差し引く「相当調整(Corresponding Adjustment)」を必須とせず、企業の主張とホスト国のNDC達成を両立させる仕組みだ。
2. 追加性の定義(付録E 1.3項)
署名企業らは、ボランタリーな資金提供によって実現したプロジェクトであれば、その結果がホスト国のNDCに貢献するものであっても「追加性(Additionality)」があると認めるよう定義の変更を求めた。
官民「コファンディング」が市場拡大の鍵
CDR業界がこの修正にこだわる背景には、恒久的炭素除去プロジェクトの経済性という切実な課題がある。
書簡は、CDR産業をギガトン規模に拡大するためには、初期段階において政府の補助金と企業のクレジット購入代金を組み合わせる「コファンディング(共同出資)」が不可欠であると指摘する。多くの大規模プロジェクトは政府支援を前提としているが、政府は支援の対価としてその削減成果を自国のNDCに計上することを求める。
もしSBTiが、NDCにカウントされる削減分を企業の「中和」として認めない場合、企業は政府支援のない、極めて高コストなプロジェクトからしかクレジットを調達できなくなる。これは事実上、企業のネットゼロ達成を「法外に高コスト」なものにし、投資意欲を削ぐことになると業界側は懸念している。
書簡では「スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、英国、スイスなどはすべてこの(コファンディング)構造を前提としている」とし、EUの炭素除去認証枠組み(CRCF)も同様であると述べた。
主要プレーヤーが結束
今回の共同書簡には、CDR市場を牽引する多様なステークホルダーが名を連ねた。
- サプライヤー
直接空気回収(DAC)大手のClimeworks 、1PointFive 、Heirloom 、バイオエネルギー回収・貯留(BECCS)を進めるStockholm Exergi 、Drax など。 - バイヤー・金融
Stripe 、Nasdaq 、South Pole など。 - プラットフォーム・認証
Puro.earth 、Isometric など。 - 業界団体
Carbon Business Council 、Negative Emissions Platform など。
署名企業らは、SBTi事務局に対し、環境十全性を守りつつも、企業が恒久的炭素除去を活用して気候野心を達成できるよう、対話を継続する意向を示している。
SBTiの新基準は、世界の主要企業の気候戦略を左右する事実上の「ゴールデン・スタンダード」である。今回のCDR業界からの要請に対し、SBTiが最終版でどのような判断を下すかが注目される。
参考:https://nordiccarbon.org/ncra_resource/open-letter-to-sbti-cdr-value-chain-stakeholders-calls-for-amendments-to-empower-companies-in-reaching-net-zero/
