カナダのマーク・カーニー首相とアルバータ州のダニエル・スミス州首相は11月27日、エネルギー・気候変動政策に関する新たな覚書(MOU)に署名した。連邦政府はこれまで計画していた石油・ガス部門への温室効果ガス排出量上限(キャップ)およびクリーン電力規制を撤回し、その見返りとして、同国最大の産油地であるアルバータ州が産業用炭素価格制度(カーボンプライシング)の強化と、大規模な炭素回収・利用・貯留(CCUS)プロジェクトの推進を確約することで合意した。
規制から「技術と市場」への転換
今回の合意は、法的強制力を持つ排出量上限規制を取り下げ、炭素除去技術(CDR)の実装と市場メカニズムによる排出削減へと大きく舵を切るものだ。
合意の核心となるのは、世界最大規模のCCUSプロジェクト「パスウェイズ・プラス(Pathways Plus)」の推進である。このプロジェクトは、オイルサンド(油砂)産業からの排出を大規模に回収・貯留することで、カナダのエネルギー部門の脱炭素化を図る。両政府は、このプロジェクトが排出削減に加え、年間160億カナダドル(約1兆7,600億円)以上のGDP押し上げ効果と、4万人以上の雇用を創出すると試算している。
また、アルバータ州は連邦政府との協力のもと、2026年4月までに産業用炭素価格制度の強化に関する詳細な契約を締結することに合意した。これにより、企業が排出削減投資を行うための明確な価格シグナルが市場に送られることになる。
「低炭素石油」としてアジア市場へ
本合意には、民間主導による新たなパイプライン建設の承認プロセス効率化も盛り込まれた。「カナダ建設法(Building Canada Act)」に基づき迅速に承認されるこのパイプラインは、日量100万バレル以上の原油をアジア市場へ輸送することを優先する。
特筆すべきは、この輸出原油がCCUS技術の実装を前提とした「低排出バレル(low-emissions barrels)」と定義されている点だ。カーニー政権は、CCSによって製造時の炭素強度(Carbon Intensity)を極限まで下げた石油であれば、脱炭素に向かう世界市場、特にアジアにおいても競争力を維持できると判断している。
米国の不確実性と「エネルギー超大国」への回帰
今回の方針転換の背景には、最大の貿易相手国である米国の通商政策に対する懸念がある。米国が貿易関係の再構築を進める中、カナダは輸出先の多角化と経済的自立を急務としている。
かつてイングランド銀行総裁として気候変動ファイナンスを主導した経歴を持つカーニー首相だが、就任後は現実的なエネルギー安全保障路線を強調している。カーニー首相は署名式で次のように述べた。
「世界的な貿易構造の変化と深い不確実性に直面する中、カナダとアルバータ州はより強く、持続可能で、自立した経済を構築するために新たな提携を結ぶ。我々はカナダをエネルギー超大国にし、排出量を削減し、輸出市場を多様化する」
メタン削減と今後の展望
MOUには、今後10年間でメタン排出量を75%削減することや、原子力発電の競争力強化、AIデータセンター向け電力供給のためのグリッド強化なども盛り込まれた。
環境規制の撤廃に対する環境保護団体からの反発も予想されるが、連邦・州政府は「Pathways Plus」による物理的な炭素除去と、強化されたカーボンプライシングこそが、ネットゼロ達成への最も確実な道筋であるとの立場を明確にしている。産業用炭素価格の具体的な設計と合意は、来年4月が期限となる。
