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生物多様性クレジットとは?詳しくてわかりやすい用語解説|What Are Biodiversity Credits?

2025.01.01 更新 2026.07.04 読了 約16分
生物多様性クレジットとは?詳しくてわかりやすい用語解説|What Are Biodiversity Credits?

気候変動対策としてカーボンクレジットが金融市場に定着した今、次なるフロンティアとして「生物多様性の喪失」という危機への対応が求められている。そこで世界的な注目を集めているのが、新たな金融ツール「生物多様性クレジット(Biodiversity Credits)」である。

これは、自然そのものの価値を評価し、その保全と回復に民間資金を呼び込もうとする野心的な試みである。

本稿では、国際開発と気候変動ファイナンスの視点から、この新しい市場の概念、仕組み、そして直面する課題について解説する。いかにして自然資本を持続可能な開発の機会へ転換し、同時に地域コミュニティへの公正な分配を実現するか。これらは今後の経済システムを左右する重要な論点である。

(一言で定義を確認したい場合は、生物多様性クレジットのクイック解説も参照のこと。)

生物多様性クレジットとは

生物多様性クレジットとは、「生物多様性の保全・回復活動によってもたらされた、測定可能で検証済みのポジティブな成果を、取引可能な単位(クレジット)として発行したもの」と定義できる。

オフセットとの違い

極めて重要な点は、現在の主流な議論において、これが「オフセット(埋め合わせ)」を主目的としていないことである。

カーボンクレジットは、ある場所でのCO2排出を別の場所での削減・吸収で相殺(カーボンオフセット)する概念である。

対して生物多様性クレジットは、企業の事業活動による自然への負の影響(開発による森林伐採など)を、別の場所での貢献で帳消しにすることを第一義とはしていない。

むしろ、企業が自社のバリューチェーンを超えて、地球全体のネイチャーポジティブに貢献するための、積極的な投資手段として位置づけられているのが特徴である。

なぜ今、重要視されるのか

この生物多様性クレジットの意義は、これまで経済活動の「外部性」として無視され、市場価値が付いてこなかった生物多様性という「見えざる資産」を可視化し、保全コストを負担するメカニズムを創出する点にある。

企業のバランスシートに例えるならば、従来の気候変動対策はCO2排出という「負債」の返済に焦点が当てられてきた。しかし、企業の持続可能性を支える基盤は、清浄な水、受粉を担う昆虫、豊かな土壌といった、生物多様性がもたらす「自然資本」という巨大な資産である。生物多様性クレジットは、この「資産」そのものを増やし、価値を評価する試みと言える。

これにより、従来は寄付やCSR活動の領域に留まっていた生態系保全が、企業のESG戦略やサステナブルファイナンスの投資対象となり得る。世界的な生物多様性保全の資金ギャップを埋めるための、重要な資金動員ツールとして期待されているのである。

生物多様性クレジット創出の仕組み

生物多様性クレジットの市場には世界的に統一された基準はまだ存在しないが、一般的な創出プロセスは以下の要素で構成される。

①ベースラインの確立

プロジェクト対象地における生物多様性の現状を科学的に調査し、基準となる状態(ベースライン)を設定する。特定の絶滅危惧種の個体数や、生態系の健全性を示す指標などが用いられる。

②保全・回復活動の実施

ベースラインに基づき、具体的な活動を行う。例としては、侵略的外来種の駆除、劣化・消失した生息地の再生、持続可能な土地利用への転換などが挙げられる。

③成果の測定と検証

一定期間後、活動によって生物多様性がどれだけ改善したかを測定する。ここでは環境DNA分析や衛星リモートセンシングなどの科学的手法が用いられる。得られた成果(例:個体数の増加、生態系スコアの向上)は、MRV(測定・報告・検証)の考え方に基づき、第三者機関によって検証される必要がある。

④生物多様性クレジットの発行

検証されたポジティブな成果が、「1クレジット=特定の成果単位」として発行され、市場で取引可能となる。

カーボンクレジットとの根本的な違い

理解を難しくする要因の一つに、カーボンクレジットとの性質の違いがある。

カーボン(CO2):代替可能な均質商品

「1トンのCO2」は、地球上のどこで削減・吸収されても気候変動対策として同じ価値を持つ。ゆえに、グローバルな商品として代替可能であり、取引が容易である。自然由来カーボンクレジット(森林保全プロジェクトなど)は生物多様性への副次的な便益(コベネフィット)をもたらすことも多いが、それはあくまで副次的な効果であり、生物多様性そのものの成果を主目的として評価する仕組みではない。

生物多様性:非代替性という壁

場所や生態系によって価値が全く異なる。例えば、アマゾンのジャガー1頭の保護と、日本のサンゴ礁1ヘクタールの再生は、生態学的に等価交換ができない。この非代替性(Non-fungibility)が、生物多様性クレジット市場の設計を複雑にしている最大の要因である。

国内外の動向

生物多様性クレジットをめぐる制度設計は、海外が先行しつつ、日本国内でも検討が本格化している段階にある。

海外の動向:国際的な枠組み形成が加速

2023年6月、フランスと英国が主導して「生物多様性クレジットに関する国際諮問委員会(IAPB)」が設立された。IAPBは2024年10月、COP16(コロンビア・カリ)において、生物多様性クレジット・アライアンス(BCA)や世界経済フォーラム(WEF)と共同で策定した「ハイレベル原則」を含むフレームワークを公表し、高い環境十全性(インテグリティ)を備えた市場の形成を各国に促している。

認証機関の側でも動きがある。ボランタリーカーボンクレジットの大手認証機関であるVerraは、SD Vistaの枠組みのもとで2024年10月に「Nature Framework」を立ち上げ、生物多様性の成果を「Nature Credit」として定量化する手法を整備した。2025年にはパイロットプロジェクトでの申請・発行が始まり、2026年1月からは全プロジェクト開発者向けに認証プロセスが全面開放される予定である。

制度面では、英国が2024年2月、大規模開発事業者に対して「生物多様性ネットゲイン(BNG)」を義務化した先行事例として知られる。開発によって生じる自然への影響を最低10%上回る回復を求め、造成した生息地を30年間維持管理することを義務付けるものである(小規模開発への適用は同年4月から)。

資金動員の目標としては、2022年12月にCOP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」のターゲット19が、2030年までに官民合わせて年間2,000億ドルの資金を生物多様性のために動員することを掲げている。

日本の動向:検討段階から実証段階へ

日本では、環境省が2025年7月に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025〜2030年)」を策定し、生物多様性の価値評価について段階的なアプローチを示した。第一段階(2025年度)として価値評価の基本的な考え方を整理し、第二段階(2026年度以降)として実地でのフィージビリティ調査を実施する計画である。あわせて2025年9月からは「生物多様性の価値評価に関する検討会」が開催され、将来的なクレジット導入も視野に調査・検討が進められている。

その基盤となり得るのが、環境省が推進する「自然共生サイト」認定制度である。認定された区域については、企業等による保全活動への支援を証する「支援証明書」が2024年度に試行され、2025年度から本格運用が始まった。なお環境省は当初、認定地の自然価値を市場で直接売買するクレジット制度の創設も検討したが、価値化の困難さから見送り、まずは証明書発行という形での可視化を先行させた経緯がある。日本特有の里地里山のような「半自然生態系」をどう評価するかも、今後の制度設計における論点とされている。

メリット

人類と自然の関係を再構築する可能性として、以下のメリットが挙げられる。

新たな保全資金の創出

公的資金だけでは賄いきれない小規模かつ重要な生態系保全活動に対し、新たな民間資金を呼び込むことができる。

ネイチャーポジティブへの貢献

気候変動対策だけでなく、自然資本の回復に対しても、企業が具体的な貢献を行う手段を提供できる。

途上国の新たな収入源

豊かな生物多様性を持つ途上国にとって、自然を開発・破壊して利益を得るのではなく、保全すること自体で資金を獲得する新たな機会となり得る。

解決すべき課題とリスク

市場の健全な発展のためには、乗り越えるべき高いハードルが存在する。

測定・検証の困難さ

「生物多様性の価値」は複雑であり、信頼性が高く、かつ取引可能なシンプルな単位(ユニット)に換算することは極めて難しい。科学的な裏付けと市場の利便性のバランスが問われている。またカーボンクレジット市場が積み重ねてきた教訓と同様、その保全成果が本当にクレジットがなければ生まれなかったのかを示す追加性や、成果が長期的に維持されるかという永続性をどう担保するかも、生物多様性クレジットに共通する課題である。

グリーンウォッシングのリスク

安易なクレジット購入が、企業の直接的な自然破壊活動の「免罪符」として利用される懸念がある。あくまで「ミティゲーション・ヒエラルキー(回避・最小化を優先し、どうしても残る影響に対処する考え方)」の遵守が前提となる。企業がグリーンウォッシングとの批判を避けるためには、プロジェクト実施主体やクレジットの品質を客観的に見極める視点が欠かせない。こうしたサプライヤーやクレジットの品質評価については、CDR PROのような専門的な評価サービスも判断材料の一つとなるだろう。

社会・人権面のリスク

クレジット創出のために土地の利用が制限され、先住民や地域コミュニティの生活権が侵害される「グリーン・グラビング(緑の収奪)」のリスクがある。利益が現地に還元されず、外部の事業者が搾取する構造は避けなければならない。

二重計上とガバナンスの課題

同じ保全成果が複数の主体によって重複して主張されるダブルカウントを防ぐ仕組みや、企業がクレジットを使用済みとして無効化するリタイアメントの記録管理も、市場の信頼性を支える基盤となる。カーボンクレジット市場がレジストリ整備を通じて取り組んできたこうした論点は、生物多様性クレジット市場にとっても避けて通れない課題である。

In English: What Are Biodiversity Credits?

As carbon credits have become an established tool in climate finance, “biodiversity loss” is emerging as the next frontier requiring urgent economic solutions. Biodiversity credits are a new financial instrument designed to put a price on nature itself and channel private capital into its conservation and restoration.

A biodiversity credit is defined as a tradable unit representing a measurable, verified, positive outcome from biodiversity conservation or restoration activities. Unlike carbon offsets, biodiversity credits are generally not meant to “cancel out” a company’s negative impact on nature elsewhere. Instead, they are positioned as a proactive investment through which a company can contribute to global nature-positive outcomes beyond its own value chain.

Credits are typically created through four steps: establishing an ecological baseline, implementing conservation or restoration activities, measuring and independently verifying the results (drawing on scientific methods such as environmental DNA analysis and satellite remote sensing, in line with MRV — measurement, reporting and verification — principles), and finally issuing credits once the positive outcome is confirmed.

Biodiversity credits differ fundamentally from carbon credits: one tonne of CO2 has the same value wherever it is reduced, making it a fungible global commodity, whereas biodiversity value is highly place- and ecosystem-specific and therefore non-fungible — protecting a jaguar in the Amazon cannot be equated with restoring a coral reef in Japan.

Internationally, the International Advisory Panel on Biodiversity Credits (IAPB), established by France and the UK in 2023, published a framework with the Biodiversity Credit Alliance and the World Economic Forum at COP16 in Cali in October 2024. Verra launched its Nature Framework under the SD VISta program in October 2024, with pilot projects generating “Nature Credits” from 2025 and full market opening planned for 2026. The UK made Biodiversity Net Gain mandatory for major developments from February 2024, and the Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework’s Target 19 calls for mobilizing USD 200 billion per year by 2030. In Japan, the Ministry of the Environment published a nature-positive economy roadmap in July 2025 and began a dedicated study group on biodiversity valuation in September 2025, while a certification scheme for “nature co-existence sites” is being explored as a possible foundation for a future credit system — though no tradable biodiversity credit market yet exists domestically.

The potential benefits include mobilizing new private conservation finance, giving companies a concrete channel for nature-positive contribution, and offering biodiversity-rich developing countries a new revenue source from conservation itself. At the same time, the market faces serious challenges: the difficulty of converting complex ecological value into simple, tradable units; the risk of greenwashing if credits are used as a substitute for avoiding harm rather than a complement to the mitigation hierarchy; the risk of “green grabbing,” where local and Indigenous communities’ land rights are compromised; and governance issues such as double counting and credit retirement tracking that the carbon market has already grappled with.

Ultimately, biodiversity credits represent an evolution of climate finance — a social experiment in assigning economic value to the planet’s life-support systems. Its success will depend on credible measurement science and robust safeguards that put the rights and benefits of local communities first.

まとめ:生物多様性クレジットの今後

生物多様性クレジットは、気候変動ファイナンスの進化形であり、地球の生命維持基盤そのものに経済的価値を見出そうとする社会実験である。

その成否は、科学的に信頼できる測定手法の確立と、自然と共に生きる地域コミュニティの権利・利益を最優先する社会的セーフガードの徹底にかかっている。炭素市場が長年かけて経験してきた課題や失敗を教訓とし、プロジェクトの設計段階から地域住民が主体的に関与できる仕組みを構築できるかが、市場の持続可能性を左右するだろう。

これは単なる金融商品にとどまらず、経済システムが自然からの「収奪」から「共生・再生」へと移行できるかを占う試金石となるものである。

なお、一文でのクイック定義は生物多様性クレジット(用語ミニ解説)でも確認できる。

カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。