ヤンマーホールディングスは12月17日、農業スタートアップのフェイガーとの間で、フィリピンにおける二国間クレジット制度(JCM)に基づくカーボンクレジットの売買契約を締結した。同国の稲作農家へ水管理技術を導入することで温室効果ガス(GHG)排出を削減し、創出されたカーボンクレジットをヤンマーが買い取る。
本事業は国家灌漑庁(NIA: National Irrigation Administration)らと連携し、農業支援と環境負荷低減の両立を目指す。
本プロジェクトの核心は、稲作における水管理手法である「間断灌漑(AWD: Alternate Wetting and Drying)」の導入にある。水田を常に湛水状態にするのではなく、意図的に干出期間を設けることで、土壌中の微生物によるメタン生成を抑制する。フェイガーはプロジェクトの共同開発者として、フィリピン稲研究所(PhilRice: Philippine Rice Research Institute)など現地機関と協力し、設計からモニタリング、カーボンクレジット発行までを一貫して主導する体制を構築した。
両社は単なるカーボンクレジット取引に留まらず、農家の生計向上に寄与するコベネフィットの創出を重視している。今後はAWDの普及を軸に、農業保険や農業融資の提供、最新の農業機械の導入支援などを段階的に展開する。これにより、現地の農業従事者が気候変動に適応しつつ、生産性を向上させる持続可能な農業モデルの確立を図る。
取得したJCMクレジットについて、ヤンマーは自社の事業活動における「残留分排出」のオフセットに活用する方針だ。同社は省エネやエネルギー転換を優先しつつ、削減困難な排出分について環境価値を活用することで、グループ全体のカーボンニュートラル達成を目指す。また、顧客に対する環境価値提供を通じた貢献も視野に入れている。
フェイガーは国内でも水稲栽培における中干し期間の延長プロジェクトを手掛けており、2024年には2万5,202ヘクタールの面積で13万5,944トンのカーボンクレジット認証を取得した実績を持つ。同社は日本国内での知見をフィリピンへ展開し、アジア圏における広域な環境価値市場の創出を加速させる。
両社は今後、フィリピン国内でのプロジェクト対象面積の拡大を急ぎ、農業分野における脱炭素化をグローバルに推進する。次なる焦点は、現地政府との緊密な連携を通じたクレジットの早期発行と、周辺諸国へのモデル横展開の具体化に移る見通しだ。
今回の提携は、単なる排出権の確保ではなく、ヤンマーの本業である「農機・技術支援」と「炭素除去」をパッケージ化した戦略的な動きである点が注目される。
特にフィリピンのようなコメ生産国において、AWDによるメタン削減は極めて大きなポテンシャルを有している。日本のJCMが、途上国の農業近代化とGHG削減を同時に進める強力なファイナンスツールとして機能し始めた象徴的な事例と言える。今後は、プロジェクトの透明性を担保するデジタルモニタリング技術の精度が、カーボンクレジットの信頼性を左右する鍵となります。


