三菱重工業(MHI)は豪エンジニアリング大手ウォーリー(Worley)と共に、英ハイデルベルグ・マテリアルズ(Heidelberg Materials UK)が主導するセメント工場向け炭素回収・貯留(CCS)プロジェクトの実行フェーズに正式に入った。これは欧州初となるセメント産業におけるフルスケールCCS施設であり、年間約80万トンのCO2を回収・隔離する計画だ。
今回の決定は、2025年9月にハイデルベルグと英政府が下した最終投資決定(FID)を受けたもので、英国の産業脱炭素化クラスター計画「HyNet North West」の中核をなす。MHIは独自技術である「Advanced KM CDR Process™」を提供し、エンジニアリングおよび調達を担当する。施設は2029年の稼働開始を予定しており、世界のセメント産業における脱炭素化のモデルケースとして注目される。
役割分担と技術的優位性
本プロジェクトにおいて、MHIはEMEA(欧州・中東・アフリカ)拠点を通じ、CO2回収プラントの中核となるエンジニアリングと機器調達(コンプレッサー等含む)を担う。採用される「Advanced KM CDR Process™」は、従来型よりも劣化が少なく再生効率の高い吸収液「KS-21™」を用いるもので、運用コストの削減と高い省エネ性能が特徴だ。
一方、ウォーリーはプラント周辺設備(BOP)の設計・調達・建設管理(EPCM)を担当し、複雑なエネルギーインフラ構築の知見を提供する。両社は2024年に基本設計(FEED)を完了しており、今回の契約はその実績に基づく本契約となる。
「回避困難」な排出へのアプローチ
セメント産業は世界のCO2排出量の約7〜8%を占めるが、その排出の大半は原料である石灰石の焼成工程(化学反応)から生じる。そのため、エネルギー源を再生可能エネルギーに転換するだけでは排出をゼロにできず、CCSは「唯一の実行可能な完全脱炭素化手段」と位置づけられている。
回収されたCO2はパイプラインを通じて輸送され、リバプール湾の枯渇ガス田に恒久貯留される。
業界の反応と雇用へのインパクト
MHIでCCUS(CO2回収・有効利用・貯留)事業を統括する長安竜人シニアバイスプレジデントは、「最も脱炭素化が困難な産業セクターの一つにおいて、主導的な役割を果たせる」と技術への自信を示した。
また、ハイデルベルグ・マテリアルズUKのサイモン・ウィリスCEOは、FEED段階での連携を評価した上で、今回の実行フェーズ入りを「次の主要なマイルストーン」と位置づけた。
このプロジェクトにより、50人の恒久的な雇用が創出され、既存の200人以上の雇用が守られるほか、建設期間中には最大500人の雇用が支えられる見込みだ。
2029年の稼働に向けて
施設は2029年の稼働を目指して建設が進められる。英国政府が推進するCCUSクラスター形成(Track-1)の一環として、英国産業の長期的競争力を維持しつつ、ネットゼロ目標達成に寄与することが期待される。MHIにとっては、世界各地で導入が進む同社技術の欧州における重要なショーケースとなる。

