一橋大学発のスタートアップである株式会社Jizoku(東京都国立市、代表取締役:片岡慶一郎)が、ラオス人民民主共和国の農業環境省・計画協力局と、JCMを活用した植林プロジェクトに関する覚書を締結した。締結は2026年4月上旬で、対象はラオス北部の7万5,000ヘクタール、事業期間は30年、2035年までに年間100万トン規模のカーボンクレジット創出を目指す構想である。同社はスタートアップによるラオス政府との本分野MOU締結は日本初としている。
Jizokuは2024年6月設立。国内では富山県等で水田の中干し期間延長によるカーボンクレジット創出を支援し、海外ではベトナム・フィリピンで農業分野のクレジット創出支援を展開してきた。今回のMOUは、これらの蓄積を背景に、設立から約2年で東南アジアの主権国家政府との直接合意に到達した形となる。
ラオス政府は国家目標として森林被覆率70%への回復・維持を掲げており、植林を通じた気候変動対策と持続可能な森林管理を国家戦略の柱に据えている。今回のMOUは、ラオス側の国家目標と日本側のJCMクレジット調達ニーズが交差する領域での合意であり、両国にとって戦略的整合性を持つ。
JCMの植林分野は、これまで大手商社・電力・エンジニアリング企業・コンサルティングファーム等が主導してきた領域である。途上国政府との交渉力、現地事業運営の資本力、長期にわたるMRV体制構築の組織力が要求されるためであり、設立年数の浅いスタートアップが単独で政府レベルの合意に到達する事例は限定的であった。
今回の合意は、農業・林業分野における高度に専門化されたスタートアップが、大手企業を介さずに政府レベルの枠組みに直接参入し得ることを示す事例として位置づけられる。Jizokuはベトナムでの先行案件で東南アジアにおけるネットワークと知見を蓄積しており、これを基盤に主体的なプロジェクト形成能力を構築している。
事業計画によれば、2026年中に植林適地と樹種の選定を進め、2027年から植林に着手する。7万5,000ヘクタールという面積規模は、国際的なARR案件としても上位クラスに位置する。
一方で、MOU段階の構想と実装後のクレジット創出実績との間には、JCM植林案件において過去にも大きな乖離が観察されてきた点には留意が必要である。年間100万トンという目標値を7万5,000ヘクタールで実現するには、1ヘクタール当たり年間約13トンCO2の吸収係数が前提となる。これは熱帯モンスーン地域における植林吸収係数として上限近辺の水準であり、樹種選定・成長率・撹乱要因の管理が想定通り進むことを前提とした設計である。
もっとも、こうした規模目標の設定はJCM案件全般に共通する課題であり、MOUから方法論適用、PDD策定、登録、検証、発行に至るJCMの工程を着実に進められるか否かが、今後の評価軸となる。
JCM植林分野へのスタートアップの政府レベル参入は、これまで大手企業の独占的構造であった領域における構造変化の予兆として位置づけられる。アカデミア基盤を持つ高度専門スタートアップが、商社等を介さず主体的にホスト国政府と合意形成する経路が成立したことは、JCMの担い手構造そのものの多元化を示唆する。
ただし、植林系カーボンクレジットの品質論において、永続性、リーケージ、追加性、セーフガードといった論点は近年むしろ厳格化の方向にある。VCMでは森林系プロジェクトの品質懸念が継続的に提起されており、JCMにおいても2020年代後半以降の発行クレジットには、より精緻なMRVと先住民・地域住民の権利保護が問われる。30年・7万5,000ヘクタールという長期・大規模構想は、品質要件の動的変化に耐え得る制度設計を内包しているかが鍵となる。
加えて、ラオスは過去のREDD+関連案件において土地利用と地域コミュニティの権利を巡る論点が顕在化してきた地域である。ホスト国の森林政策・土地保有制度・少数民族コミュニティとの関係構築は、プロジェクトの社会的妥当性を左右する。スタートアップの機動力と、大規模・長期案件に求められる重厚なステークホルダー対応能力の整合が、今後の実装フェーズで問われることになる。