「地球の肺」とも呼ばれる熱帯雨林。その大規模な破壊は、気候変動を加速させ、計り知れない生物多様性を永久に失わせる地球規模の危機である。この危機に立ち向かうため、国際社会は「生きている森林には、伐採する以上の経済的価値がある」という新しい価値観を生み出そうとしてきた。
本稿では、そのための国際的な枠組みである「REDD+(レッドプラス)」について、その目的、仕組み、そして乗り越えるべき課題について解説する。
REDD+とは
REDD+とは、途上国における森林減少・森林劣化に由来する排出を削減するための国際的な枠組み、及びそれに基づく活動の総称である。その名称は、以下の活動の頭文字などを組み合わせたものである。
REDD(レッド)
Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation
以下の2つの活動を指す。
- 森林減少からの排出削減
- 森林劣化からの排出削減
+(プラス)
上記のREDDに加え、以下の3つの活動も対象となることを示す。
- 森林炭素蓄積の保全(Conservation)
- 森林の持続可能な管理(Sustainable Management of Forests)
- 森林炭素蓄積の増強(Enhancement、植林など)
核心的なアイデア
REDD+の核心は、これらの活動を通じてCO2排出を回避したり、吸収を促進したりした成果を「カーボンクレジット」として認証し、先進国や企業がそれを購入することで、途上国の森林保全活動に資金を還流させる点にある。
なぜREDD+が重要なのか
REDD+は、気候変動、生物多様性、そして国際開発という3つの側面から極めて重要な意味を持つ。
巨大な排出源への直接的な対策
全世界の温室効果ガス排出量のうち、森林減少・劣化に由来するものは10%以上を占めると言われている。REDD+は、この巨大な排出源に直接働きかける、最も効果的な対策の一つである。
計り知れないコベネフィット
熱帯雨林は、地球上の生物種の半数以上が生息する「生物多様性の宝庫」である。REDD+による森林保全は、単なるCO2削減にとどまらず、絶滅危惧種の保護、水源の涵養、土壌の保全といった、計り知れない生態系サービスを守ることにも繋がる。
先住民・地域コミュニティの支援
森林地帯に暮らし、その生態系と共に生きてきた先住民や地域コミュニティ(IPLCs)は、しばしば森林の最も優れた管理者である。適切に設計されたREDD+プロジェクトは、彼らの伝統的な権利を尊重し、保全活動のパートナーとして公正な利益を分配することで、その暮らしと文化を支える基盤となり得る。
仕組みと信頼性における課題
REDD+クレジットは、「もしプロジェクトがなければ、これだけの森林が失われていたはずだ(ベースライン)」という予測に対し、「実際の破壊をこれだけに食い止めた」という差分を、「回避された排出量」として算定する。しかし、このモデルには信頼性に関わる構造的な課題が存在する。
ベースライン設定の難しさと恣意性
「もしも」のシナリオであるベースラインの予測は極めて困難である。過去のデータや将来の開発圧力をどう評価するかによってベースラインは大きく変動するため、意図的に高く設定すれば、実際以上の「見せかけのクレジット」が生まれてしまうリスクが指摘されている。
漏洩(リーケージ)
ある地域で伐採を厳しく取り締まった結果、伐採業者が隣の保護されていない地域に移動してしまう現象を「漏洩」と呼ぶ。特定の場所を守っても、別の場所で破壊が進めば、全体としての排出削減効果は薄れてしまう。
永続性のリスク
保護した森林が、数年後に大規模な火災や、政変による保護政策の撤回によって失われてしまう「永続性」のリスクも、森林プロジェクトに特有の課題である。一度放出されたCO2を取り戻すことは困難であるため、長期的な保全の担保が求められる。
先住民・地域コミュニティの権利侵害
プロジェクトの計画・実施において、伝統的にその土地を利用してきた先住民や地域コミュニティの十分な理解と合意(自由な、事前の、十分な情報に基づく同意:FPIC)を得ずに進められ、彼らの権利を侵害してしまう事例も過去には存在する。人権の観点からも厳格な配慮が不可欠である。
メリットと課題
メリット
- 気候変動対策としての直接性
気候変動の主要な原因の一つである森林減少に対し、直接的に対処できる手段である。 - 多面的な価値の創出
生物多様性の保全や地域社会の支援といった、炭素削減以外の「共同便益」をもたらす可能性がある。 - 民間資金の動員
公的資金だけでなく、クレジット取引を通じて、途上国の森林保全に対し大規模な民間資金を動員できる可能性がある。
課題
- 環境十全性(エンバイロメンタル・インテグリティ)のリスク
前述したベースライン設定、漏洩、永続性といった問題は、排出削減効果の実効性を左右する本質的なリスクであり、科学的な精度の向上が常に求められる。 - 社会的十全性のリスク
先住民や地域コミュニティの権利が尊重されない場合、土地の強奪や生計手段の喪失といった人権問題に発展する恐れがある。 - レピュテーション・リスク
過去のプロジェクトにおける品質への疑義から、クレジットの買い手である企業にとって、評判上のリスクを伴う場合がある。
まとめ
REDD+は、途上国の森林減少・劣化を防ぐことでCO2排出を削減し、同時に生物多様性と地域開発に貢献し得る、大きな潜在能力を持った国際的枠組みである。
しかし、その仕組み上、「起こらなかった未来(ベースライン)」との比較で成果を測るため、信頼性の確保には本質的な難しさが伴う。衛星技術などの科学的知見による精度の向上と、地域コミュニティの権利を尊重する強固なガバナンスの徹底が、その真価を発揮させるための鍵となるだろう。

