GX-ETSとは?わかりやすく解説|What Is the GX-ETS?

村山 大翔

村山 大翔

「GX-ETSとは?わかりやすく解説|What Is the GX-ETS?」のアイキャッチ画像

2050年カーボンニュートラルの実現に向け、日本が経済と環境の好循環を目指す国家戦略「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」。その実現のための、最も中核的な政策ツールとして、今、日本の産業界の注目を一身に集めているのが**「GX-ETS(排出量取引制度)」**です。

この記事では、日本の気候変動政策における歴史的な一歩となる、この新しい全国規模のカーボン市場について、その段階的な仕組みと、今後の日本の産業界に与える影響を解説します。


2. GX-ETSとは?

GX-ETSとは、一言で言うと**「日本政府が、国のGX戦略の一環として導入する、全国規模の排出量取引制度(Emissions Trading System)」**のことです。

これは、企業の自主的な取り組みを促す「GXリーグ」という枠組みを土台としながら、段階的に本格的な規制市場へと移行していく、ユニークなアプローチを取っています。その目的は、企業にCO2排出のコスト意識を根付かせ、市場メカニズムを通じて、日本全体の排出削減を、経済的なインセンティブと共に促すことにあります。


3. なぜGX-ETSが重要なのか?

GX-ETSの導入は、日本の気候変動政策における、大きなパラダイムシフトを意味します。

  • 日本初の全国規模カーボン市場: これまで、東京都の制度など、地域的な取り組みは存在しましたが、国全体を対象とする本格的な排出量取引制度は、このGX-ETSが初めてとなります。これは、日本がEUや韓国、カリフォルニア州などと同様に、カーボンプライシングを政策の柱に据えることを、内外に明確に示すものです。
  • 産業界への強力な脱炭素インセンティブ: GX-ETSは、日本の主要な産業に対し、炭素排出に明確な価格(価値)を与えることになります。これにより、企業は、省エネルギー、燃料転換、CCUSといった、脱炭素への投資を、単なるコストとしてではなく、将来の競争力を左右する戦略的な経営判断として捉えるようになります。
  • 国内カーボン市場の統合と活性化: GX-ETSは、既存の「J-クレジット制度」などを、より大きな国家的な市場に統合する役割を担います。これにより、市場の流動性を高め、日本経済全体として、より透明性の高い炭素価格が形成されることが期待されます。

4. 制度の仕組み:「段階的導入」というアプローチ

GX-ETSの最大の特徴は、急激な経済的負担を避け、産業界の準備期間を確保するための**「段階的導入」**にあります。

4-1. 第1フェーズ(2023年度~2025年度):GXリーグによる自主的取引

  • *「GXリーグ」**という、野心的な目標を掲げる企業のフォーラムが、最初の舞台となります。
  • この期間、参加企業は自主的に自社の排出削減目標を設定します。そして、目標以上に削減できた企業は、その超過削減分を市場で売却でき、目標未達の企業は、市場からJ-クレジットなどを購入して、目標との差分を埋め合わせます。いわば、本格稼働に向けた**「助走期間」**です。

4-2. 第2フェーズ(2026年度~):電力部門へのキャップ導入と有償オークション

  • ここから、部分的に規制的な制度が始まります。まず、発電事業者を対象に、政府が排出量の上限(キャップ)を設定します。
  • 対象となる排出枠の一部は、**オークション(競売)**によって有償で割り当てられる計画で、日本における本格的なカーボンプライスの形成が期待されます。

4-3. 第3フェーズ(2033年度~):本格的なETSの稼働

  • 2033年度を目途に、対象となる産業分野を拡大した、本格的な排出量取引制度へと移行することが想定されています。

5. 他の制度との関係

GX-ETSは、日本のカーボンプライシング政策全体の一部です。

  • J-クレジットとの関係: J-クレジットは、GX-ETSの参加企業が、自らの削減目標を達成するための、重要なクレジット供給源となります。
  • 化石燃料賦課金との関係: 2028年度からは、石油元売りなどの化石燃料輸入事業者に対し、排出量に応じた「化石燃料賦課金」(実質的な炭素税)が導入される予定です。GX-ETSは、この賦課金と並行して機能する、もう一つのカーボンプライシングの柱となります。

6. メリットと課題

メリット

  • 段階的な導入により、産業界が急激な変化に対応する時間的猶予が生まれ、政治的な合意形成がしやすい。
  • 既存のJ-クレジット市場を組み込むことで、制度開始初期の市場流動性を確保できる。
  • 「GXリーグ」という官民連携の枠組みが、企業との対話と協力を促進する。

デメリット(課題)

  • 対策のスピード感: 段階的アプローチは、気候危機の緊急性に対して、対策のスピードが遅すぎるとの批判もある。
  • 自主的な取り組みの限界: 第1フェーズが自主的な目標設定に留まるため、それだけで国全体の野心的な削減目標を達成するのは困難。
  • 制度の複雑性: 排出量取引、賦課金、J-クレジットといった複数の制度が並存するため、企業にとっては、その全体像を理解し、対応することが複雑になる可能性がある。

7. まとめと今後の展望

本記事では、GX-ETSが、日本の気候変動政策を新たなステージへと導く、国家規模の排出量取引制度であることを解説しました。

【本記事のポイント】

  • GX-ETSは、日本の国家的な排出量取引制度であり、GX戦略の中核。
  • GXリーグでの自主的取引から始め、2026年度に電力部門、2033年度に本格稼働という段階的なアプローチをとる。
  • J-クレジットが、目標達成の手段として活用される。
  • 将来的には**化石燃料賦課金(炭素税)**と並行して機能する。

GX-ETSは、日本の産業界と経済全体の未来を左右する、極めて重要な政策です。その成否は、現在の自主的な「GXリーグ」の枠組みから、いかにして野心的で、実効性のある、強制力を持った市場へと、円滑に移行できるかにかかっています。国際開発の視点からも、世界第3位の経済大国である日本が、どのような形で本格的なカーボンプライシングを導入し、成功させるのか、その動向に世界が大きな注目を寄せています。