カーボンシンク(炭素吸収源)とは?わかりやすく解説|What Is a Carbon Sink?

村山 大翔

村山 大翔

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はじめに

地球の気候システムは、二酸化炭素(CO2)の排出(ソース)と吸収(シンク)の絶妙なバランスの上に成り立っています。産業革命以降、人間活動はこのバランスを大きく崩し、大気中のCO2濃度を急上昇させてきました。この危機に立ち向かうため、排出量を「減らす」努力と同時に、失われたバランスを取り戻すためにCO2を「吸収する」能力、すなわち「カーボンシンク(炭素吸収源)」を保護・強化することが、国際社会の喫緊の課題となっています。

本記事では、このカーボンシンクを「国際開発と気候変動ファイナンス」の視点から深く分析します。シンクがいかにして、地球の気候を安定させる自然のインフラとして機能しているのか。そして、その保全と強化が、いかにして途上国における新たな開発機会となり、官民の資金を動員(Finance Mobilization)する対象となっているのか。その一方で、シンクの価値を金融化する際に直面する、信頼性(Integrity)や公正な移行(Just Transition)を巡る複雑な課題を、包括的に解説していきます。

用語の定義

一言で言うと、カーボンシンクとは**「大気中の二酸化炭素(CO2)を、放出する量よりも多く吸収し、貯蔵する役割を果たす、自然または人工の貯留庫」**のことです。

重要なのは、「吸収量 > 放出量」という「正味(ネット)での吸収」が行われている点です。例えば、成長している若い森林は、光合成によってCO2をどんどん吸収するため、強力なシンクとして機能します。しかし、成熟して成長と分解が釣り合った森林や、火災・伐採によってCO2を放出している森林は、シンクとは言えません。シンクは、CO2を吸収・貯蔵する「プロセス」や「機能」そのものを指す言葉です。

重要性の解説

カーボンシンクの重要性は、それが地球全体の「炭素予算のバランスシート」における、唯一の「収入(クレジット)」項目である点にあります。

地球の炭素循環を、企業の会計に例えてみましょう。

  • 排出(ソース): 化石燃料の燃焼などは、企業の「支出(デビット)」に相当します。
  • 吸収(シンク): 森林や海洋によるCO2吸収は、「収入(クレジット)」に相当します。

産業革命以前、この収支はほぼ釣り合っていました。しかし、人間活動によって「支出」が爆発的に増加した結果、バランスシートは深刻な赤字に陥り、その赤字(=大気中のCO2濃度の上昇)が気候変動を引き起こしています。気候変動対策とは、このバランスシートを再び健全化させることに他なりません。そのためには、「支出を劇的に削減する(排出削減)」と同時に、「収入を増やす(シンクの強化)」という、両面からのアプローチが不可欠なのです。

特に、世界の気候を安定させる上で最も重要な自然のシンク、すなわち熱帯林やマングローブ林の多くが開発途上国に存在しています。これらのシンクを保護・強化することは、途上国が気候変動の「被害者」であるだけでなく、世界全体の解決策を提供する「主役」となり、新たな気候変動ファイナンスを呼び込むための、最大の機会となります。

仕組みや具体例

カーボンシンクは、その成り立ちによって、大きく「自然の吸収源」と「人工の吸収源」に分類されます。

1. 自然の吸収源(Natural Sinks)

地球の生態系が、自然のプロセスを通じてCO2を吸収・貯蔵します。

  • 森林(グリーンカーボン): 最も代表的な吸収源。樹木が光合成によってCO2を吸収し、幹や枝、根、そして土壌に炭素として固定します。途上国の森林保全を目指す「REDD+」は、この機能を守るための国際的な枠組みです。
  • 海洋(ブルーカーボン): 地球最大の炭素吸収源。海水へのCO2の溶解(物理ポンプ)や、植物プランクトンの光合成と、その死骸が深海に沈むこと(生物ポンプ)によって、膨大な量の炭素を貯蔵しています。マングローブ林や海草藻場の保全も、この一部です。
  • 土壌: 草地や農地の土壌も、有機物として大量の炭素を蓄えています。「バイオ炭」の施用や、不耕起栽培といった「再生可能農業」は、土壌の炭素貯留能力を高める手法として注目されています。

2. 人工の吸収源(Artificial Sinks)

人間が、技術を用いて意図的に創り出す吸収源です。

  • DACCS(直接空気回収・炭素貯留): 大気中からCO2を直接回収し、地中深くに貯留する技術。これにより、CO2は地質学的な時間スケールで隔離され、人工的なシンクが創出されます。
  • BECCS(バイオエネルギー炭素回収・貯留): バイオマス発電とCCSを組み合わせ、植物が吸収したCO2を地中に貯留する。
  • CCU(炭素回収・有効活用)による鉱物化: 回収したCO2をコンクリートなどに固定化し、都市のインフラそのものを半永久的な炭素の貯蔵庫に変える技術。

国際的な動向と日本の状況

2025年現在、カーボンシンクの役割は、国際的な気候変動政策と市場において、ますます重要性を増しています。

国際的な動向:

パリ協定では、第5条で森林等の吸収源の保全・強化の重要性が明確にうたわれており、全ての国がNDC(国が決定する貢献)の中で、吸収源による貢献を報告することが奨励されています。また、ボランタリー炭素市場では、「自然由来の解決策(Nature-based Solutions, NbS)」から創出されたクレジットが、その豊かな共同便益(生物多様性保全など)から、高い人気を集めています。しかし同時に、その吸収量の測定の難しさや、永続性のリスクから、その信頼性(Integrity)をどう確保するかが、ICVCMなどを中心に最大の論点となっています。

日本の状況:

日本は、京都議定書の目標達成において、国内の森林吸収源(RMU)を大きな柱として活用しました。現在のNDCにおいても、森林吸収源対策は重要な位置を占めており、国内の適切な森林管理が求められています。国際的には、JICAなどを通じた途上国のREDD+支援や、**JCM(二国間クレジット制度)**の枠組みで、パートナー国の吸収源プロジェクトを積極的に支援しています。

メリットと課題

カーボンシンク、特に自然の吸収源の活用は、多くの便益をもたらす一方で、本質的な課題を抱えています。

メリット:

  • 高いコスト効率: 多くの場合、技術的な除去手法に比べて、より低コストでCO2を吸収できる。
  • 豊かな共同便益(コベネフィット): 生物多様性の保全、水源涵養、土壌流出の防止、地域社会の生計向上など、気候変動対策以外の多くのポジティブな影響をもたらす。
  • 気候変動への適応力向上: 健全な生態系は、異常気象などの気候変動の悪影響に対する、社会の強靭性(レジリエンス)を高める。

課題:

  • 永続性(Permanence)と再放出のリスク: 森林は、火災や病虫害、違法伐採によって失われ、貯留していた炭素を再び大気中に放出するリスクが常にある。
  • 測定・報告・検証(MRV)の困難さ: 広大な森林や海洋の炭素吸収・排出量を、正確に、継続的に測定し、クレジットとして定量化することは、科学的・技術的に非常に難しい。
  • 飽和の可能性: 自然の吸収源がCO2を吸収できる能力には限界があり、気候変動の進行によって、その能力自体が低下する可能性も指摘されている。
  • 人権と土地利用の問題(公正な移行): シンクを保護するための大規模な保全プロジェクトが、その土地で伝統的に暮らしてきた先住民や地域コミュニティの権利を侵害する、「グリーン・グラビング(緑の収奪)」につながるリスク。

まとめと今後の展望

カーボンシンクは、気候変動という危機に対する、地球自身が持つ最も強力な自己治癒能力です。私たちの役割は、その能力を最大限に引き出す手助けをすることです。

要点:

  • カーボンシンクは、大気中のCO2を正味で吸収・貯蔵する、森林・海洋・土壌といった自然の貯留庫、および人工的な技術を指す。
  • 排出削減と並び、地球の炭素収支を再均衡させるために不可欠な要素であり、特に途上国に存在する自然の吸収源の保全が重要である。
  • その活用は、気候変動ファイナンスの主要な対象だが、永続性や測定の困難さといった信頼性の課題を抱えている。
  • シンクの保護・強化は、その土地で暮らす人々の権利と利益を保障する、「公正な移行」の視点と一体で進められなければならない。

今後の展望として、カーボンシンクの価値は、単に炭素を吸収する量だけでなく、それがもたらす生物多様性や水、そして地域社会の幸福といった、多面的な価値によって評価されるようになるでしょう。衛星技術やAIの進化は、その測定と監視の信頼性を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。しかし、最も重要なのは、カーボンシンクの真の守り手は、その土地と共に生きる地域の人々であるという認識です。彼らの権利を尊重し、その知恵と努力に報いる、公正で信頼性の高い気候変動ファイナンスの仕組みを構築できるかどうかに、カーボンシンクの未来はかかっているのです。