共同便益(コベネフィット)とは?わかりやすく解説|What Are Co-benefits?

村山 大翔

村山 大翔

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はじめに

気候変動対策は、単に温室効果ガスを削減するだけの取り組みではありません。一つの賢明な対策が、大気汚染の改善、新たな雇用の創出、人々の健康増進といった、地域社会が抱える他の課題をも同時に解決する力を持っています。このような、気候変動対策という主目的の達成に伴って生まれる、複数の副次的な便益のことを**共同便益(コベネフィット、Co-benefits)**と呼びます。本記事では、「国際開発と気候変動ファイナンス」の視点から、このコベネフィットという考え方が、いかにして途上国の開発課題と気候変動対策を結びつけ、より多様な資金を動員し、公正な移行(Just Transition)を実現するための鍵となるのかを解説します。

用語の定義

一言で言うと、コベネフィットとは**「気候変動対策という一つの行動から生まれる、環境、社会、経済にわたる複数のプラスの効果」**のことです。

気候変動対策を「コスト」としてではなく、持続可能な社会を築くための「投資」として捉え直すための重要な概念です。政策やプロジェクトを計画する際に、意図的にコベネフィットを最大化するよう設計することで、より多くの関係者からの支持を得やすくなります。

この関係を**「健康のための運動」**に例えることができます。運動を始める主な目的が「体重を減らす」ことだったとしても、継続することで「ストレスが軽減される」「睡眠の質が向上する」「生活習慣病のリスクが下がる」といった、多くの副次的な便益(コベネフィット)が自然と生まれます。気候変動対策も同様に、「CO2削減」という主目的を追求する行動が、結果として社会全体の健康や豊かさに繋がっていくのです。

重要性の解説

コベネフィットという視点は、気候変動対策を世界全体で、特に開発途上国で加速させる上で、戦略的に極めて重要です。

  1. 資金動員(Finance Mobilization)の多様化: 気候変動対策プロジェクトが、例えば「大気汚染改善による市民の健康増進」や「生物多様性の保全」といった明確なコベネフィットを持つ場合、気候変動対策予算だけでなく、保健医療分野や環境保全分野の予算、さらには民間からのインパクト投資など、より幅広い資金源にアプローチすることが可能になります。
  2. 途上国における政策的優先順位の向上: 多くの開発途上国政府にとって、貧困削減、雇用創出、エネルギーアクセスといった喫緊の開発課題は、長期的な気候変動問題よりも優先順位が高くなりがちです。コベネフィットは、気候変動対策がこれらの開発課題の解決に直接貢献することを示すことで、国内での政治的な支持を得やすくし、対策の実施を後押しします。
  3. 公正な移行(Just Transition)の具現化: 気候変動対策が、一部の人々に不利益をもたらすことがあってはなりません。例えば、地方の農村に再生可能エネルギーを導入するプロジェクトが、クリーンな電力供給(気候便益)と同時に、地域に新たな雇用を生み、女性が薪集めにかけていた時間を削減する(社会的便益)といったコベネフィットを伴うことで、その移行はより公正で包摂的なものになります。
  4. 持続可能な開発目標(SDGs)との連携: コベネフィットは、SDG13(気候変動に具体的な対策を)と、貧困、飢餓、保健、ジェンダー、エネルギーといった他の多くのSDGsとを結びつける「架け橋」の役割を果たします。これにより、各政策が縦割りにならず、統合的で効率的な開発計画の策定が可能になります。

仕組みや具体例

コベネフィットは、様々な気候変動対策プロジェクトの中に具体的に見出すことができます。

気候変動対策プロジェクト主目的(気候便益)主な共同便益(コベネフィット)
再生可能エネルギーの導入(太陽光・風力発電)化石燃料の代替によるCO2排出削減・大気汚染物質の削減 → 市民の健康改善<br>・エネルギー安全保障の向上<br>・建設・保守における新たな雇用創出
地方電化と改良型調理コンロの普及薪や灯油の消費量削減によるCO2排出削減・室内空気汚染の改善 → 女性や子供の呼吸器疾患の予防<br>・薪集めの労働時間削減 → 女性の社会進出や子供の就学機会の増加
森林保全・再生(REDD+など)森林減少・劣化の抑制によるCO2排出削減・吸収促進生物多様性の保全<br>・水源涵養機能の維持 → 水資源の安定供給<br>・先住民や地域コミュニティの生活基盤の保護
公共交通システムの整備(都市鉄道、BRT)自家用車から公共交通へのシフトによるCO2排出削減・交通渋滞の緩和 → 経済効率の向上<br>・大気汚染・騒音の低減 → 都市環境の改善<br>・交通事故の減少

国際的な動向と日本の状況

国際的な動向

コベネフィットは、国際的な気候変動ファイナンスの潮流において、プロジェクトを評価する際の重要な基準となっています。

  • **緑の気候基金(Green Climate Fund, GCF)**は、資金供与の判断を行う際の6つの主要な投資基準の一つとして「持続可能な開発の可能性(Sustainable development potential)」を挙げており、これはまさにコベネフィットを評価するものです。
  • 世界銀行などの国際開発金融機関も、投融資プロジェクトの気候変動緩和・適応効果(Climate Co-benefits)を定量的にトラッキングしており、開発支援と気候変動対策の統合を推進しています。

日本の状況

日本も、政府開発援助(ODA)や国際協力において、コベネフィットのアプローチを重視しています。

  • **国際協力機構(JICA)**は、「コベネフィット型気候変動対策」を掲げ、途上国の開発課題解決に貢献する気候変動対策プロジェクトを積極的に支援しています。
  • 日本が推進する**二国間クレジット制度(JCM)**においても、単に温室効果ガスを削減するだけでなく、日本の優れた低炭素技術の移転を通じて、パートナー国の持続可能な開発に貢献することが重要な目的とされています。

メリットと課題

コベネフィットのアプローチは多くの利点をもたらしますが、その評価と実現には課題も伴います。

メリット課題
統合的アプローチによる効率性: 気候と開発という複数の課題に同時に取り組むことで、資金や政策資源をより効率的に活用できる。⚠️ 定量化と金銭的評価の難しさ: 「健康の改善」や「生物多様性の保全」といったコベネフィットの効果を、客観的な数値や金額として評価することは非常に難しい。
幅広いステークホルダーの支持: 多様な便益を示すことで、政府、市民社会、民間企業など、より多くの関係者からの理解と協力を得やすくなる。⚠️ 「コベネフィット・ウォッシング」のリスク: プロジェクトの正当性を高めるために、根拠が薄いにもかかわらず、過大なコベネフィットを宣伝する、一種のグリーンウォッシングが行われる危険性がある。
プロジェクトの持続可能性向上: 地域社会が直接的な便益を実感できるため、プロジェクトへの当事者意識が高まり、長期的な成功と持続可能性に繋がる。⚠️ トレードオフの存在: ある対策がプラスのコベネフィットを生む一方で、別の側面でマイナスの影響(例:大規模太陽光発電所の建設による土地利用の変化)をもたらす可能性があり、慎重な評価が必要。

まとめと今後の展望

コベネフィットは、気候変動対策を負担の大きい「義務」から、より豊かで公正な社会を築くための「機会」へと転換させる、強力な視点です。それは、地球環境の未来と、そこに暮らす人々の今日の幸福とを両立させるための知恵と言えるでしょう。

要点の整理

  • コベネフィットは、一つの気候変動対策から生まれる、環境・社会・経済にわたる複数のプラスの効果である。
  • 途上国の開発課題と気候変動対策を統合し、より幅広い資金動員を可能にする。
  • 公正な移行SDGsの達成に貢献する上で、中心的な役割を果たす。
  • その効果の定量化が今後の大きな課題であるが、国際的なプロジェクト評価において重要性を増している。

今後の展望

インパクト投資の拡大に伴い、今後はコベネフィットをより精緻に測定・可視化し、金銭的価値に換算しようとする動きが加速するでしょう。衛星データやAIを活用したモニタリング技術の進歩は、生物多様性や大気質の改善といった効果を客観的に示す上で追い風となります。コベネフィットが単なる定性的な「おまけ」ではなく、プロジェクトの投資価値を左右する定量的な「中核的要素」として認識されるようになったとき、世界の気候変動ファイナンスは、真に持続可能な未来を築くための、より賢明な流れを創り出すことができるでしょう。