世界銀行(国際復興開発銀行、IBRD)は5日、パリ協定第6条2項に基づくカーボンクレジットの創出実績に利払いが連動する、史上初の「クリーンクッキング・アウトカム・ボンド(成果連動型債券)」を発行した。
発行総額は2億ドル(約300億円)。投資家のリターンと温室効果ガス(GHG)削減成果を直接リンクさせる金融スキームとして、スイス政府およびガーナ政府の承認の下、スタンダードチャータード銀行が組成を主導した。
カーボンクレジット収益を投資家へ還元する新スキーム
今回の債券は2032年3月満期の6年債で、元本は世界銀行によって100%保証される。最大の特徴は、投資家が受け取るクーポン(利子)の構造にある。
投資家は通常の固定金利に加え、プロジェクトから生み出されるカーボンクレジット「国際的に移転される緩和成果(ITMOs)」の生成・販売量に応じた変動金利を受け取る権利を持つ。
一方で、投資家は本来受け取るべき金利収益の一部をあらかじめ放棄し、その分をプロジェクトの初期資金として拠出する。この仕組みにより、約3050万ドル(約46億円)がガーナでのクリーン調理器具普及事業に充当される。
ITMOsによる国境を越えた資金循環
本スキームの中核となるのは、パリ協定第6条2項を活用した二国間クレジット取引である。
- プロジェクト実施
アフリカで炭素プロジェクトを展開するアップエナジー(UpEnergy)が、ガーナ国内で電気コンロや改良型バイオマスコンロを40万台以上配布する。 - カーボンクレジット創出
調理器具の切り替えによる排出削減量を検証し、第6条2項に基づくITMOsとして発行する。 - カーボンクレジット購入
スイスのKliK財団(KliK Foundation)がこのITMOsを買い取る。 - 収益還元
カーボンクレジットの売却益が、債券保有者への変動利子として支払われる。
買い取られたITMOsは、スイスの「世界全体の排出削減への貢献(OMGE)」分を控除した後、スイス排出量取引登録簿に移転され、同国の「国が決定する貢献(NDC)」達成のために償却される。
「インパクト」と「リターン」の同時追求
この債券は、気候変動対策と健康被害の防止という社会的インパクトを、金融商品のリターンに組み込んだ点で画期的である。
ガーナでは依然として多くの世帯が薪や木炭に依存しており、室内空気汚染による早期死亡者は年間2万8000人に上ると推定される。本プロジェクトは、こうした健康リスクの低減に加え、森林伐採の抑制や家事労働時間の短縮にも寄与する。
世界銀行の財務担当副総裁、ホルヘ・ファミリア氏は「検証された成果にリターンを紐づけることで、開発課題への解決策に民間資金を大規模に動員できる」と意義を強調した。
また、単独リードマネージャーを務めたスタンダードチャータード銀行のヘンリック・レイバー氏(グローバルバンキング責任者)は、「当行の炭素市場における専門性とグローバルネットワークが、この革新的な取引を成功に導いた」と述べた。
機関投資家の反応と今後の展望
今回の債券には、ヌビーン(Nuveen)やマッケンジー・インベストメンツ(Mackenzie Investments)など、欧米の機関投資家が多数参加した。投資家側は、世界銀行の信用力(トリプルA格付け)による元本保全を確保しつつ、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資としての明確なインパクトと、炭素市場の成長に伴うアップサイドを享受できる点を評価している。
資金は4段階のマイルストーンに応じてプロジェクトへ拠出され、透明性が担保される。クリーン・クッキング分野では2030年までの普遍的アクセス達成に年間数十億ドルの資金不足が指摘されており、今回のスキームは、民間資本を途上国の気候・社会課題解決へ誘導する「ブレンデッド・ファイナンス」の新たなモデルケースとして注目される。

