2026年2月26日、125を超える全米の市民団体が連名で米議会に書簡を送付し、45Qカーボンクレジット税額控除の廃止を訴えた。書簡はフード & ウォーター・ウォッチ(Food & Water Watch)が主導し、シエラクラブ(Sierra Club)、クライメート・ジャスティス・アライアンス(Climate Justice Alliance)、ボールド・アライアンス(Bold Alliance)、アースジャスティス(Earthjustice)など著名な環境・社会正義団体が名を連ねた。
批判の核心は、気候対策として立案されたはずの税制優遇が、事実上、化石燃料の増産補助金へと変質しているという点にある。
45Qの実態、炭素回収・貯留から石油増産支援へ
45Qは、炭素回収・貯留(CCS)への投資を促進するため導入された連邦税額控除制度であり、回収したCO2を安全に地中貯留することを本来の目的としていた。
しかし実態は大きく乖離している。
米国環境保護庁(EPA)のデータによれば、米国内で回収されたCO2の90%以上が永続的な地中貯留ではなく、石油増産回収(EOR:Enhanced Oil Recovery)に転用されている。EORとは、地下油層にCO2を圧入することで採算が取れなくなった油田から追加的に原油を回収する手法であり、増産された原油が燃焼されれば、回収したCO2を上回る温室効果ガス(GHG)が排出されるという構造的矛盾をはらむ。
米エネルギー省(DOE)の試算では、EOR目的で使用されるCO2は最終的に1,770億バレルもの原油を追加採掘可能にすると推計されており、45Qが炭素除去(CDR)ではなく化石燃料の延命装置として機能している実態が鮮明になっている。
財政リスクと測定・報告・検証(MRV)の深刻な欠陥
財政面での問題も深刻だ。
米財務省の推計によれば、45Qの今後10年間(2024〜2034年度)の納税者負担は総額436億ドル(約6兆8,452億円)に上る見通しだ。さらに同制度には支出上限(キャップ)が設けられておらず、対象プロジェクトの増加とともに財政負担が際限なく膨らむリスクがある。
加えて、測定・報告・検証(MRV)体制の機能不全も問題視されている。
上院予算委員会のジェフ・マークリー議員(オレゴン州・民主党)の報告書は、2010〜2019年に発行された45Q税額控除の約87%、総額約10億ドル(約1,570億円)相当が、適切なMRVの承認なしに交付されていた事実を明らかにした。現行の45Q制度は企業の自己申告に過度に依存しており、独立した検証が極めて限定的であることが指摘されている。
さらに、今回問題視されている2025年度の予算調整法による制度拡張は、今後10年で142億ドル(約2兆2,294億円)の連邦歳入減をもたらすと試算されており、批判派はこれを「グリーンウォッシングを制度化した財政的暴挙」と断じている。
環境正義の観点からの批判
批判はカーボンクレジット市場の論理にとどまらず、環境正義の問題にも及んでいる。ルイジアナ州南西部などの重工業地帯に暮らすコミュニティは、EOR向けのCO2輸送パイプライン建設が地域に新たな環境リスクをもたらしつつ、その恩恵は大手石油企業に独占されていると批判する。
For a Better BayouのJames Hiatt代表は「45Qは気候対策ではなく、企業が追加的な原油を採掘するための白紙小切手だ。私たちは自分たちが害を受けるために税金を払っているのではない」と述べ、現地コミュニティの怒りを代弁した。
支持派の反論と今後の論点
一方、Carbon Capture Coalitionなど45Qの支持派は、炭素回収・貯留(CCS)が鉄鋼・セメント・化学などのハードアバテクノロジーとして不可欠であるという立場を維持している。廃止よりもMRVの強化や永続的地中貯留へのインセンティブ再設計が適切だとする議論も根強い。
ただし、批判派が指摘するように、現行の45Qは永続性のある炭素除去(CDR)ではなく、EORという「炭素の一時的な活用」を補助することに終始しており、カーボンクレジットの根幹をなす追加性・永続性の原則と相容れない構造にある。
ワシントンの気候政策論争において45Qは、CCSが真に排出削減に機能するのか、それとも化石燃料産業の延命に奉仕するのかを問う試金石となっている。
日本ではGX-ETSの本格稼働に向けてカーボンクレジットの信頼性確保が重要課題となっているが、45Qをめぐる今回の問題は、制度設計の甘さがいかに「見かけ上の炭素回収」を生み出すかを示す反面教師である。
日本企業がCCS/CCUSプロジェクトをScope1削減の根拠とする際には、CO2が本当に地中に永続的に貯留されているか、MRVの独立性が担保されているかを厳格に精査する必要がある。
国内外のCCSプロジェクトへの投資判断においても、EOR転用リスクの有無は今後重要な評価軸になり得る。
