米トランプ政権、議決権助言会社への圧力強化 「過激な環境アジェンダ」排除へ大統領令

村山 大翔

村山 大翔

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2025年12月11日、米国のドナルド・トランプ大統領は、機関投資家の議決権行使を支援するプロキシ・アドバイザー(議決権行使助言会社)に対する監督強化を目的とした大統領令に署名した。ホワイトハウスは、業界を寡占する大手2社が「過激で政治的なアジェンダ」を推進し、環境・社会(ESG)問題を優先させることで投資家の利益を損なっていると主張しており、この措置は企業の脱炭素戦略や気候変動関連の株主提案に大きな影響を与える可能性がある。

ESG排除を狙う大統領令の全容

トランプ大統領が署名した大統領令は、米証券取引委員会(SEC)、連邦取引委員会(FTC)、労働省などの規制当局に対し、プロキシ・アドバイザー業界への監視と規制見直しを即座に命じるものである。

特に、業界シェアの90%以上を握るインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)とグラス・ルイス(Glass Lewis)の2社が、実質的なターゲットとして名指しされた。

ホワイトハウスが公開したファクトシートによると、今回の命令は以下の点を問題視し、是正を求めている。

  • 「過激な」環境提案の推奨
    両社が、急進的な温室効果ガス(GHG)排出削減や人種平等の監査などを推奨し、本来の投資リターン最大化よりも、ダイバーシティ(DEI)や環境・社会・ガバナンス(ESG)といった「政治的動機に基づくアジェンダ」を優先している点。
  • 外国資本の影響
    ISSはドイツ証券取引所の傘下(2020年買収)、グラス・ルイスはカナダのプライベート・エクイティ企業ペロトン・キャピタルなどが所有しており、米国の退職年金資産が外国資本の影響下にある企業によって左右されている点。

大統領令はSECに対し、ESGやDEIに関連するプロキシ助言に関する規則の撤廃や修正、さらにはこれらの助言会社に対する投資顧問としての登録義務化を検討するよう指示した。

気候関連株主提案への「萎縮効果」

今回の措置は、近年活発化していた「株主による気候変動対策への圧力」に対する強力なカウンターとなる。

ISSやグラス・ルイスは、機関投資家に対して企業の取締役選任や株主提案への賛否を推奨する強大な影響力を持つ。これまで両社は、企業の気候変動リスク開示や排出削減目標の設定を求める株主提案に対し、賛成を推奨するケースが多く見られた。これが、企業がカーボンクレジット活用や炭素除去(CDR)投資を含む脱炭素経営を加速させる「外圧」として機能してきた側面がある。

しかし、共和党や保守派からの反ESGキャンペーンが激化する中、両社はすでに態度を軟化させつつある。ロイター通信によると、今年に入り両社は気候関連提案への賛成推奨を大幅に減少させているほか、ISSは取締役選任における多様性基準の適用を停止した。

グラス・ルイスは11月、大統領令での要求を先取りする形で、自らを投資顧問として登録する方針を表明している。

法的攻防と今後の展開

業界側も手をこまねいているわけではない。ISSは声明で「クライアントへの悪影響を軽減するため大統領令を精査する」とし、専門的かつ独立した運営を続ける姿勢を強調した。

過去には、テキサス州などがESG関連の助言を制限する州法を制定しようとした際、連邦裁判所がこれを差し止めるなど、司法の場では助言会社側の主張が認められるケースもあった。しかし、今回は連邦政府レベルでの包括的な圧力であり、FTCや司法省が独占禁止法違反の可能性も含めて調査に乗り出す構えを見せているため、予断を許さない状況だ。

「外圧」消失後の脱炭素ドライバー

本ニュースは、企業の脱炭素推進力の一つであった「機関投資家からの圧力」が、政治的介入によって強制的に弱められる局面に入ったことを示唆しています。

これまで多くの企業は、ISSなどの助言会社や機関投資家の意向(=総会での票読み)を気にして、Scope3の開示やカーボンクレジットの購入計画を策定してきました。しかし、プロキシ・アドバイザーが「政治的リスク」を恐れて気候変動関連の提案に消極的になれば、企業経営陣に対する「脱炭素への突き上げ」は一時的に減退するでしょう。

これは、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。外国人持ち株比率の高い日本企業にとって、ISSらの推奨方針は無視できない要素です。

今後は、「株主に言われるからやる」という受動的な脱炭素から、炭素国境調整措置(CBAM)への対応や、サプライチェーンからの要求など、「実需と経済合理性に基づく自律的な脱炭素」へシフトできるかどうかが問われます。カーボンクレジット市場にとっても、投資家向けのアピール商材としての需要から、実質的なオフセット手段としての需要へ、質の転換が迫られることになるでしょう。

参考:https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/12/fact-sheet-president-donald-j-trump-protects-american-investors-from-foreign-owned-and-politically-motivated-proxy-advisors/

参考:https://www.reuters.com/world/trump-signs-order-boost-oversight-proxy-advisory-industry-2025-12-12/