最新ニュース
海外ニュース

Sylvera、HFLDベースライン将来予測モデルを公開 過去平均依存からの脱却提唱、ICVCM是正要求への技術的応答

2026.05.25 読了 約5分
Sylvera、HFLDベースライン将来予測モデルを公開 過去平均依存からの脱却提唱、ICVCM是正要求への技術的応答
出典:<a href="https://www.sylvera.com/ja/blog/rethinking-hfld-baselines-principles-for-forward-looking-carbon-accounting" target="_blank">Sylvera</a>

カーボンクレジット格付機関のシルベラ(Sylvera)は2026年5月22日、シンガポール国家気候変動事務局(NCCS)向けに作成した技術論文を公開し、HFLD(高森林被覆・低森林減少)管轄区域における将来の森林減少率を予測するグローバル統計モデルの分析結果を提示した。同時に解説ブログを発信し、信頼性の高いHFLDベースライン構築のための3原則を提唱している。

技術論文は、二つの統計モデルの比較分析を中核とする。Model 1は2005年から2014年の2,570管轄区域-年観測データで訓練した単一段ランダムフォレストモデルであり、Model 2はTeo et al. (2024) の二段階アプローチを発展させた構成で、LASSOロジスティック回帰によるHFLD地位喪失確率の予測と、ランダムフォレストによる森林減少率予測を組み合わせる。標高、傾斜、気温、降水量、森林被覆率、人口密度、HDI、夜間光強度、道路密度、鉱業面積など19の共変量を用い、Hansen et al.のGlobal Forest Changeデータを森林損失データとして採用した。

2015年から2020年のテスト期間における予測精度では、Model 1がMAE 0.061、RMSE 0.121、説明分散0.775を達成し、観測分散の62%を捕捉した。Model 2はMAE 0.077、RMSE 0.251、観測分散の12%捕捉にとどまるものの、低森林減少率域での予測が密集する保守的特性を持つ。比較対象として算出された過去平均ベースラインはMAE 0.077、RMSE 0.257、観測分散の捕捉はわずか9%であり、シルベラは過去平均依存の構造的限界を実証データで裏付けた形となる。

シルベラが提唱する3原則は次の通りである。第一に、HFLDベースラインは将来を見据えたものであるべきこと。第二に、過去の数値からの乖離は実証的根拠に基づかなければならないこと。第三に、ベースライン手法は管轄区域ごとに区別すべきこと。

ロジスティック回帰によるHFLD地位遷移確率は、独立した「スクリーニングツール」としても活用可能とされる。シルベラの分析では、2020年時点のHFLD162管轄区域のうち約30%にあたる49管轄区域が高リスク(遷移確率0.66超)に分類されており、HFLD認定地域内部のリスクプロファイルが大きく分化していることが示された。

本件の文脈として外せないのは、ICVCMが直近、ART TREES v2.0 HFLDについてCCP承認の要件を満たすには是正措置が必要と判断したことである。是正条件には、参加者が基準期間の排出量が実際のベースラインを大幅に過小評価していることを実証することや、VVB(妥当性確認・検証機関)がベースライン入力データを独自に照合することが含まれる。シルベラは、過去の排出率を超える増加分はすべて証拠に基づかなければならないという立場をかねてから示しており、今回の技術論文はその主張を統計的に補強する位置づけにある。

CORSIAの現行供給の約75%がガイアナのHFLD TREESプログラムに由来している点も、市場関係者の注視点である。HFLDベースライン方法論の信頼性は、ガイアナ単一供給源への依存構造を抱えるCORSIA市場の整合性に直接波及する。

一方で、シルベラ自身も技術論文で複数の限界を明示している。両モデルとも空間的文脈、すなわち管轄区域内のどこで森林減少が発生するかという情報を欠いており、モデル化結果は「森林減少データのノイズ特性を考慮すれば妥当な水準だが、さらなる精緻化なしにクレジット発行目的で依拠すべきではない」とされる。シルベラは結論として、グローバル統計モデルは「一律アプローチ」よりは優れるものの最高水準ではなく、国別・空間明示型モデルが最も信頼性の高いアプローチであると階層化している。

本件は、HFLDクレジット方法論論争における重要な技術的進展として位置づけられる。過去平均ベースラインが将来リスクを捕捉できないという指摘自体は業界で繰り返し提起されてきたが、観測分散の9%しか捕捉できない過去平均と62%を捕捉するランダムフォレストとの定量的格差を、グローバル管轄区域データで実証した点に意義がある。

ただし、将来予測ベースラインの導入は、追加性論争に新たな緊張をもたらす。観測実績を上回るベースライン設定は、定義上、未発生の森林減少を回避クレジット化することを意味する。シルベラ自身が「過去の排出率を超える増加分はすべて証拠に基づかなければならない」と強調するのは、この緊張への自覚の表れである。実証根拠の厳格さこそが、HFLDクレジットが「ホットエア」批判から正当性を確保できるか否かの分水嶺となる。

注目すべきは、格付機関であるシルベラがシンガポール政府機関と共同でベースライン方法論そのものを設計する構造である。従来、方法論策定はベラ(Verra)、ART、ゴールドスタンダード(Gold Standard)等の標準設定主体が担い、格付機関はその実装結果を評価する立場にあった。シルベラの今回の動きは、評価者と方法論設計者の境界を曖昧にする側面があり、ICVCMがVVBによる独立照合を是正条件に含めた問題意識との整合性が論点となる。

CORSIA供給の75%がガイアナHFLDに集中する現状は、方法論論争が単なる技術議論にとどまらないことを示している。HFLDベースラインの整合性が揺らげば、現行のオフセット市場最大供給源の信頼性が直接揺らぐ。本件は技術論文の体裁を取りつつ、市場構造の根幹に関わる戦略的発信である。

参考:https://www.sylvera.com/ja/blog/rethinking-hfld-baselines-principles-for-forward-looking-carbon-accounting

関連タグ ICVCM
カーボンクレジット.jp 編集部
カーボンクレジット.jp編集部|2023年末に当時日本初かつ唯一のカーボンクレジット専門情報メディアを立ち上げ。高度な専門性とわかりやすさを追求した翻訳力。