シンガポール政府は、カーボンクレジット市場の信頼性向上と国際的な市場拡大を目指し、新たな包括的支援策を発表した。気候変動庁(NCCS)、通商産業省(MTI)、エンタープライズ・シンガポール(EnterpriseSG)、および金融管理局(MAS)が共同で取り組むもので、企業向けのガイドライン策定、アジア企業による購入連合の設立支援、金融機関向け助成金制度の創設を柱としている。
ボランタリーカーボンクレジット市場(VCM)ガイダンスを公表
NCCSとMTI、EnterpriseSGは、企業が脱炭素戦略の一環としてカーボンクレジットを適切に活用するための指針「ボランタリーカーボン市場(VCM)ガイダンス」を新たに公表した。
この指針は、シンガポール持続可能金融協会(SSFA)や学術機関、国際組織との協議を経て策定され、今後も国際的なルール形成や市場動向に合わせて更新される予定だ。
EnterpriseSGは、同ガイダンスに基づき、アジア地域の主要企業と連携し「高品質クレジットの共同購入連合(buyers’ coalition)」の設立を進めている。これにより、地域全体で信頼性の高いクレジット需要を集約し、市場の安定化と価格透明性の向上を狙う。詳細は2026年に公表される見通しである。
金融機関向け助成金「カーボン市場開発支援基金」創設
MASは、金融機関のカーボン市場参入を後押しするため、新たに「金融セクター・カーボン市場開発助成金」を設立する。2028年までの3年間で総額1,500万シンガポールドル(約17億円)を拠出し、以下の2分野を重点支援する。
- 市場人材と専門チームの育成支援
カーボンプロジェクト融資、クレジット取引、保険引受けなどを担う専門部門の設立・拡充を支援。 - 革新的金融ソリューションの創出支援
取引構造化、リスク管理、検証・デューデリジェンス、カーボンクレジット保険料など、初期コストの一部を補助する。
申請受付は11月1日に開始され、詳細はMAS公式サイトで公開されている。
「高信頼市場」で脱炭素と投資を両立
NCCSの気候行動特使ラヴィ・メノン氏は、「カーボン市場は脱炭素資金を動員する重要な手段であり、途上国での持続可能な成長にも寄与する。今回のガイダンスにより、企業が高品質クレジットを安心して活用できる環境を整えたい」と述べた。
EnterpriseSGのリー・パク・シン貿易連結担当副総裁は、「企業がどのように、どの段階でクレジットを使用し、どのように開示すべきかを明確化することで、信頼性のある脱炭素戦略の構築を支援する」と指摘した。
さらに、MASのチーフ・サステナビリティ・オフィサーであるアビゲイル・ン氏は、「金融機関の専門性と資本は市場拡大の鍵だ。新助成金により長期的な関与の基盤を築きたい」と述べた。
高品質クレジットの不足と市場基盤の脆弱さ
世界のカーボン市場は、気候資金を動員する重要な仕組みである一方、近年は需要の伸び悩みや信頼性の低いプロジェクトの乱立が課題となっていた。シンガポール政府は、COP29で発表予定の「カーボンプロジェクト開発助成金」や、国際協力枠組み「第6条パートナーシップ」などを通じ、アジア地域における“高信頼市場”のハブ形成を加速している。
アジア主導の「高信頼VCM」形成へ
今回の官民連携パッケージは、カーボンクレジット市場の信頼回復と資金循環を両立させる実験的モデルと位置づけられる。2026年には購入連合の正式発足、COP30に向けた新たな国際連携が見込まれており、アジア発の「高インテグリティ市場」形成に向けた動きが本格化する。