ミラノ工科大学(Politecnico di Milano)エネルギー学科は 2026年5月、移動式のCO2回収パイロットラボ「POLICAP」をピアチェンツァで稼働開始した。溶媒吸収方式による産業排出源からのCO2回収を実証する施設であり、欧州のCCUS研究インフラの一翼を担う。
POLICAP はイタリアの国家復興レジリエンス計画(PNRR)下の ECCSELLENT プロジェクトを通じて資金供給を受け、欧州 CCUS 研究ネットワーク ECCSEL-ERIC の一環として運営される。トランスポータブル設計が採用されており、産業サイトに直接搬入したうえで合成ガスと実排ガスの双方を用いた試験が可能となる。
技術的な検証対象は、従来から実用展開されている標準的な溶媒に加え、新規溶媒・コンポーネント・プロセス構成である。回収効率の向上に加え、エネルギー消費と運転コストの低減が評価軸として設定されている。スケールアップと産業化に向けた研究、そして産業条件を反映した先進デジタルモデルの開発支援も施設のミッションに含まれる。
プロジェクトはミラノ工科大エネルギー学科のマヌエレ・ガッティ(Manuele Gatti)、マッテオ・カルメロ・ロマーノ(Matteo Carmelo Romano)両教授が率い、同大が設立支援した研究センター LEAP(Laboratorio Energia Ambiente Piacenza)が設置面で協力した。
学長のドナテッラ・シュート(Donatella Sciuto)は「グリーン移行はもはや交渉の余地がない戦略的優先事項でありPNRRによる大規模投資はその決定的なテコである」と述べ、研究と産業実装の接続点としてのピアチェンツァの役割を強調した。
POLICAP の戦略的意義は、施設単体の技術検証にとどまらない。
イタリアでは Eni と Snam が主導する Ravenna CCS Hub が先行し、第一段階としてアドリア海の枯渇ガス田への CO2 圧入を既に開始している。第二段階では 2030 年までに年間最大 400 万トン規模への拡張が計画されており、回収・輸送・貯留を一気通貫で接続するバリューチェーン構築が進行中である。イタリアの更新版国家エネルギー・気候計画(NECP)も、CCUS および DAC を hard-to-abate 産業の脱炭素手段として明示的に位置付けた。
POLICAP はこのバリューチェーンの「回収」工程における技術的選択肢を産業現場で検証する役割を担い、Ravenna Hub が整備する「貯留」基盤と相互補完的に機能する構図となる。PNRR 資金を国家研究インフラに投下し、欧州ネットワーク ECCSEL-ERIC を通じて成果を域内で共有する枠組みは、加盟国単位の投資を欧州全体の CCUS 容量に転化する仕組みとして注目される。
ただし、溶媒吸収方式そのものはアミン系を中心に商業実装が進んでいる成熟技術であり、POLICAP の革新性は技術的ブレークスルーよりも、移動式設計による産業現場での多様な排ガス条件下での実証データ蓄積にある点を見極める必要がある。
POLICAP は単発の研究施設ではなく、PNRR と ECCSEL-ERIC を媒介として国家・欧州レベルで構築される CCUS バリューチェーンの実証ノードとして位置付けられる事例である。回収(POLICAP)・貯留(Ravenna Hub)・域内ネットワーク(ECCSEL-ERIC)が公的資金と政策枠組みによって接続される構図は、CCUS を市場原理のみに委ねず国家戦略インフラとして整備する欧州型アプローチを示している。日本でも CCS 事業法の施行と先進的 CCS 事業の選定が進むなか、技術実証・輸送インフラ・貯留サイトを統合したバリューチェーンを国家プロジェクトとして束ねる設計思想は、政策設計上の論点となる。