ネパール政府はこのほど、パリ協定第6条およびボランタリーカーボンクレジット市場(VCM)に基づくカーボンクレジットの創出・取引に包括的な法的根拠を与える「2082年炭素取引規則」を承認した。
同規則は、国際的な炭素取引において極めて重要な相当調整(Corresponding Adjustment)の手続きを明文化しており、特に同国の重要課題であるクリーンクッキング分野への資金流入を加速させる転換点となる。
相当調整の明文化と市場への信頼性
今回承認された規則における最大の焦点は、パリ協定第6条2項に基づくクレジットの国際移転において、ネパールの指定国家当局(DNA)が相当調整を実行すると明記した点である。
相当調整は、カーボンクレジットの輸出国と輸入国間での二重計上(ダブルカウンティング)を防ぐための仕組みであり、高品位な炭素市場においてバイヤーが最も重視する要素の一つだ。この法的枠組みが整備されたことで、ネパールは国際的な制度基準を満たす投資先としての地位を確立し、長期的な民間資金の呼び込みが可能となる。
クリーンクッキング分野の緊急性と機会
ネパールでは、2021年の国勢調査によると全世帯の51%がいまだに薪(まき)などの固形バイオマス燃料に依存しており、森林劣化や室内空気汚染による健康被害が深刻化している。
新規則は、電気調理器や改良型バイオマスストーブなどの導入プロジェクトを「エネルギー効率およびクリーンエネルギー転換」のカテゴリーとして明確に定義した。これにより、投資家や現地自治体に対し、法的安定性が提供されることになる。クリーンクッキング事業は、温室効果ガス削減だけでなく、SDG3(健康)、SDG5(ジェンダー平等)などへの貢献も大きいため、投資効果の高い気候変動対策として注目されている。
開発事業者が留意すべき「費用と配分」
新規則では、市場の公正性と国家利益を確保するため、開発事業者に対して以下の義務と費用負担を課している。
- NDCへの5%貢献
検証済みカーボンクレジットの5%は自動的にネパールの「国が決定する貢献(NDC)」達成のために割り当てられ、市場売却はできない。 - 政府への収益配分10%
民間主導のプロジェクトであっても、カーボンクレジット販売による総収入の10%をネパール政府に納付しなければならない。 - 販売手数料
NDC分を差し引いたカーボンクレジット1トンにつき、100ネパール・ルピー(約110円)の手数料が適用される。 - 利益配分計画
地域コミュニティや参加世帯への公平な利益還元計画の策定が義務付けられる。
審査期間の短縮と透明性
従来の不透明な行政手続きを解消するため、規則では審査プロセスに厳格な期限が設けられた。
- コンセプトノートの推薦および承認:各15日以内
- プロジェクト設計書(PDD)の承認:15日以内
- 最終承認の発行:7日以内
また、承認手数料は事業規模(年間CO2削減量)に応じて以下のように設定されている。
- 2万トン未満:2万5,000ネパール・ルピー(約2万7,500円)
- 2万〜6万トン:5万ネパール・ルピー(約5万5,000円)
- 6万トン超:10万ネパール・ルピー(約11万円)
残された課題と今後の展望
法整備が進んだ一方で、長期的な投資呼び込みには課題も残る。特に、MRV(測定・報告・検証)を実施するための技術的キャパシティの不足や、税務・外貨送金に関する規制の明確化、そして初期投資コストの高さが指摘されている。
今回の新規則は、クリーンクッキングを単なる開発支援プログラムから、投資可能な気候変動ソリューションへと昇華させるための重要な基盤となる。今後は、実際に制度が円滑に運用され、信頼性の高いMRVシステムが稼働するかが、国際的な競争力を左右することになるだろう。

