英国鉱物製品協会(MPA)は、セメント製造へのCCUS導入により2035年までに同部門の排出を最大75%削減でき、建設関連の排出を年間最大380万トンCO2削減しうるとの新たな分析を公表した。
MPAは、この削減が住宅・運輸・エネルギー・デジタル分野の大型プロジェクトを法的拘束力を持つカーボンバジェットの範囲内で実現するための排出余地を生むと指摘する。プロジェクトの着手が遅れれば、その余地が失われ、インフラ整備そのものが制約を受けるリスクがあると警告した。
セメントはコンクリートの主要原料であり、英国の建設需要を支える基盤素材である。需要が数百万トン規模で推移するなか、CCUSを欠いたままでは建設由来の排出がカーボンバジェットへの圧力を一段と高めることになる。
MPAが特に強調するのは、国内にCCUS能力を持たない場合に生じる輸入依存のリスクである。
国内供給を確保できなければ、英国は環境・労働規制のより緩い国からの輸入に頼らざるを得なくなる。その場合、炭素集約度の高いセメントが流入し、排出は回収されるのではなく国外へ移転する。MPAはこれを「脱産業化による脱炭素」と表現し、グローバルなサプライチェーンの変動に対する脆弱性も高まると分析する。
国内のセメント産業を脱炭素化したうえで維持することは、カーボンバジェットがインフラ整備を縛るリスクと、輸入材料への依存の双方を同時に抑える手段となる。
MPAでセメント・石灰部門を統括するマーティン・ケイシー(Martin Casey)上級ディレクターは、カーボンバジェットはもはや抽象的な目標ではなく実質的な整備制約となりつつあり、いま不足しているのは野心ではなく実行のペースだと述べた。投資判断の遅れによるコストはカーボンバジェットの形で顕在化するとし、早期の行動こそが投資と雇用、排出削減を国内にとどめると主張している。
今回の分析は、北ウェールズのPadeswoodとダービーシャーのPeak Clusterという2件のセメントCCUSプロジェクトが2035年までに稼働することを前提とする。両者が稼働すれば、英国産セメントの炭素集約度は大きく低下し、トンあたり平均排出量はおよそ4分の3減少する。
削減規模は具体的な数値で示されている。政府が掲げる住宅150万戸建設目標では削減量が550万トンCO2を超えうるとし、ハイパースケールデータセンター1施設の建設では最大19,400トン、浮体式洋上風力の基礎50基では58,200トンの削減が見込まれるという。
英国のセメント・コンクリート部門は1990年以降すでに排出を63%削減し、経済全体を上回るペースで脱炭素を進めてきた。ただしセメント製造では原料の化学反応そのものから排出が生じるため、気候変動委員会(CCC)はCCUSをセメントにとって選択肢ではなく必要不可欠なものと位置づけてきた。
本件はセメントCCS推進の流れの延長線上にあり、それ自体が新たな技術的飛躍を示すものではない。注目すべきは、カーボンバジェットが達成目標から実質的な整備制約へと性格を変えつつあることを、業界団体が自らのインフラ整備シナリオとして定量的に提示した点にある。排出削減が産業政策・インフラ政策と不可分の制約条件として扱われ始めた事例として位置づけられる。
同じ構造は日本のハードトゥアベイト部門にも当てはまる。プロセス由来排出を抱える日系セメント各社にとって、CCUSは回避不能な投資領域であり、GX-ETSの本格運用と国境調整の議論が進むなかで、国内回収能力の早期確保は炭素集約度の高い輸入材に市場を明け渡さないための攻めの選択肢となる。英国が示した輸入代替リスクの構図は、そのまま日本市場の論点として読み替えられる。
本件は、レガシーな素材産業がカーボンバジェットを起点に投資判断を組み替えていく転換のモデルケースともなりうる。化学反応由来の排出という構造的制約を抱える産業がCCUSを軸に競争力を再定義する流れは、鉄鋼や化学など他の排出産業へも波及する可能性を持つ。
参考:https://mpa-cement.uk/news/new-mpa-data-shows-carbon-capture-could-cut-cement-emissions/