イタリアがEU ETSの「一時停止」を公式要請 排出枠価格は70ユーロ割れ、炭素市場に激震

村山 大翔

村山 大翔

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イタリア政府は2026年2月26日、欧州連合域内排出量取引制度(EU ETS)の運用を一時停止し、制度の抜本的な見直しを行うよう欧州委員会(European Commission)へ公式に要請した。現行の制度が欧州企業の国際競争力を著しく損なう「不当な税負担」と化しているとして、排出枠の割り当てメカニズムや無償割当廃止スケジュールの再考を求めている。この発表を受け、カーボンクレジット市場では欧州排出枠(EUA)価格が一時5%急落し、市場に動揺が広がっている。

イタリアのアドルフォ・ウルソ(Adolfo Urso)企業・メイドインイタリー大臣は、ブリュッセルで開催された「産業の友」会合において、EU ETSの現状を「欧州企業に対する逆進的な課税措置」と厳しく批判した。特に化学などのエネルギー集約型産業において、エネルギーコストの高騰と排出枠の購入負担が重なり、米国や中国などの競合国に対して劣勢を強いられていると主張している。

イタリア政府が欧州委員会に求めている具体的な要求事項は以下の通りである。

  • 排出ベンチマーク(基準値)のパラメータ見直し
  • 排出枠の割り当てメカニズムの抜本的改革
  • 現在進行している「無償排出枠」の段階的廃止の延期
  • 炭素国境調整措置(CBAM)との整合性を確保した輸出企業への支援策導入

この政治的動向にカーボンクレジット市場は即座に反応した。指標となるEUA価格は発表直後に最大5%下落し、1トンあたり70ユーロ(約1万1,200円)の大台を割り込んだ。市場関係者の間では、欧州の気候変動対策の根幹をなす法体系が巻き戻される可能性への懸念から、売り圧力が強まっている。

今回のイタリアの動きは孤立したものではない。スロバキアやチェコも同様の改革を求めているほか、フランスやポーランドを含む13カ国の有志連合が、産業崩壊を防ぐために競争力を優先したETSの見直しを求める共同声明を発表した。一方で、北欧諸国や環境保護団体は「価格シグナルの弱体化はエネルギー転換を遅らせ、企業の財務リスクを高める」として、制度の維持を訴えており、EU内部での分断が深刻化している。

欧州委員会は今後、2026年中に予定されているETSの定期見直しにおいて、これらの加盟国からの要求にどこまで譲歩するかが焦点となる。特にCBAM(炭素国境調整措置)が本格運用に向かう中で、域内企業の輸出競争力をどう維持するかという難題に直面している。カーボンクレジット制度の安定性は、脱炭素投資を促進する大前提であるだけに、制度の根幹が揺らぐ今回の事態は、グローバルな炭素価格形成にも長期的な影響を及ぼす可能性がある。

イタリアによる今回の「ETS停止要請」は、気候正義と産業競争力の衝突が臨界点に達したことを示唆している。日本企業にとっても、欧州に拠点を置く製造業や、今後本格化する「GX-ETS(日本の排出量取引制度)」の制度設計において、他山の石とすべき事態である。カーボンクレジット価格の乱高下は、脱炭素投資の予見性を奪う。特に、欧州連合の政策転換はCBAMを通じて日本からの輸出企業にも直接波及するため、今後の欧州委員会の回答と、それによるカーボンクレジット価格のボトムラインの推移を注視する必要がある。

参考:https://www.mimit.gov.it/it/notizie-stampa/ue-urso-sospendere-ets-in-attesa-della-revisione-e-tassa-sulle-imprese