世界的な保険仲介・リスクマネジメント大手であるマーシュ・リスク(Marsh Risk)は1月29日、英国および欧州における炭素回収・貯留(CCS)プロジェクトへの投資が、アジアや中東などの他地域へ流出するリスクがあるとする最新の調査レポート「CCS at Scale: Aligning Risk and Reality in Carbon Capture and Storage」を公開した。
同レポートは、CCSの価値鎖に携わる504名のシニア意思決定者を対象とした調査に基づき、現在のコスト構造と政策的支援の乖離が、世界の脱炭素化を牽引するはずの欧州市場の足かせになっていると警告している。
調査結果によると、CO2の回収・輸送・貯留にかかる平均予測コストは1トンあたり163.45ドル(約2万4,500円)に達している。これは現在の世界的なカーボン価格を大幅に上回っており、多くのプロジェクトが国の補助金や長期契約なしには商業的に成立しない状況を浮き彫りにした。さらに、回答者の42%が今後11~15%のコスト上昇を予想し、31%が16~20%の上昇を見込むなど、インフレや規制強化に伴う予算逼迫が現実味を帯びている。
投資家が慎重姿勢を強める中、最終投資決定(FID)の時期にも遅れが生じている。
2025年から2027年までにFIDを予定しているプロジェクトは全体の26%にとどまり、35%が2028年から2030年にずれ込む見通しだ。一方で、投資対象地域としての関心は多極化しており、欧州(62%)が依然として首位なものの、北米(42%)に続いて中東(38%)や東南アジア(38%)が急速に台頭している。特に日本や韓国は強力な政府支援を背景に投資先としての魅力を高めている。
不確実性が高まる中、保険はCCSプロジェクトの銀行融資適格性(バンカビリティ)を担保する「基盤」と見なされている。回答者の約3分の2が、次期プロジェクトの推進において保険を「かなり頼りにしている」と回答した。市場の引き受け能力については84%が「十分にある」と自信を示しているが、一方でリスク管理部門と技術チームの連携不足も指摘されており、潜在的なリスクが放置される懸念も残る。
マーシュ・リスクのエネルギー・電力部門グローバル・チェアマンであるアンドリュー・ヘリング(Andrew Herring)氏は「世界のCCS産業が脱炭素化を加速させる投資を呼び込むには、安定した政策枠組みと確かなリスク移転メカニズムが不可欠だ」と述べ、各国政府に対して複数年にわたる資金提供プログラムの確立と、不可欠なインフラ整備への投資を強く求めた 。
今回のレポートが示した「1トンあたり163ドル」というコストは、現在の排出権取引価格との間に巨大なギャップがあることを改めて突きつけた。
これは、技術的な炭素除去(CDR)がボランタリー市場におけるクレジット創出手段として自立するには、まだ長い時間がかかることを意味している。
特に注目すべきは、意思決定者の「楽観」と「現実」の乖離だ。
84%が10年以内の産業確立を信じながら、実際の投資判断は2020年代後半へ先送りされている。企業がネットゼロ目標を達成するためにCCS/CDRを組み込む際、現在の「補助金頼み」のモデルがいつまで続くのか、あるいは欧州を見限ってアジアのハブ構想に乗るべきか、戦略的な再考が求められる局面に来ている。
参考:https://www.marsh.com/en-gb/industries/energy-and-power/insights/carbon-capture-report.html


