ICE が公表した直近の COT(Commitment of Traders)データによると、EU 排出枠(EUA)および英国排出枠(UKA)の先物市場で、投機筋が一方向のトレンドを一時停止し、ロング・ショート双方を積み増す両建ての姿勢に転じている。直近まで続いていた大規模なショートカバーとロング解消という一方向の流れが一服した形である。
EUA では、ファンド勢がショートを54.8万枚積み増し、ベアポジション合計は2,270万トンに達した。これは2年ぶり低水準まで縮小していたショートの再構築局面を示す。同時にロングは149万枚解消され、合計6,139万トンと前年8月以来の低水準まで低下した。結果としてネットロングは約200万枚減少し、3,867万トンまで縮小している。
UKA でも両建ての動きが並走するが、方向感は EUA とは異なる。投機筋はロングを62.7万枚積み増し、合計2,490万トンと数カ月ぶりの高水準まで引き上げた。ショートも28.8万枚増の約500万トンとなったが、増加幅はロングが上回り、ネットロングは33.9万枚増の1,984万トンまで拡大している。EUA がネットロング縮小、UKA がネットロング拡大という対照的な構図が浮かび上がる。
英国の制度面では、5月20日に実施された UK 排出枠オークションで207.45万枚すべてが落札され、落札価格は49.00ポンドだった。応札倍率は約1.85倍となり、落札総額は1億165万ポンドに達した。プライマリー市場の需要は底堅く、UKA のロング積み増しと整合的な需給環境を示している。
両建ての背景には、構造要因と循環要因の拮抗がある。
構造面では、EU・英国いずれもオークション数量調整と先渡し供給の逼迫がカーボン価格を下支えする方向に作用している。一方で循環面では、地政学リスクの長期化、エネルギー価格のボラティリティ、そして EU ETS 改革と UK ETS の制度設計をめぐる不透明感が、特定方向への確信形成を阻んでいる。
EU 側では、市場安定化リザーブ(MSR)の運用見直しや線形削減係数(LRF)の引き上げ議論が継続しており、いずれの方向に決着するかが中期的な需給を左右する。UK 側は EU との連携可能性を含めた制度設計の独自路線が議論段階にあり、市場参加者にとっての規制リスクが二極化している。投機筋が一方向に賭けにくい構造的な理由がここにある。
EUA と UKA のダイバージェンスは、両市場が同じマクロ環境下にありながら異なる需給ロジックで動き始めていることを示唆する。UKA のロング偏重は、相対的に供給規律が効きやすい英国独自の制度設計と、オークション結果に表れた底堅い需要を反映している可能性がある。もっとも、UK ETS は EU ETS と比較して市場流動性が限定的であり、ポジション動向が価格に与えるインパクトの非対称性も考慮する必要がある。
本件は、欧州カーボン市場が構造的な供給逼迫を背景に下支えされながらも、ETS 改革の不透明感によって価格発見機能が一時的に低下している成熟局面の典型例である。投機筋の両建ては「方向感の喪失」ではなく、構造要因と循環要因を別個に織り込もうとする合理的なリスク管理と読むべきだろう。
次の価格発見の鍵は、EU の MSR・LRF 見直しと UK の制度設計確定という制度改革論の決着にある。GX-ETS 本格運用を控える日本市場にとっても、規制不透明感が投機筋ポジションに与える影響構造は重要な観察対象となる。