欧州連合(EU)は11月5日、航空・海運分野における再生可能および低炭素燃料の導入を加速するための包括戦略「持続可能輸送投資計画(Sustainable Transport Investment Plan:STIP)」を正式発表した。これはEU競争力コンパスおよびクリーン産業協定の中核施策であり、持続可能輸送燃料への大規模投資を初めてEU全体で体系的に支援する枠組みとなる。
欧州委員会によると、STIPは「投資の停滞と生産ギャップの解消を急ぐ必要性」に応えるものであり、ReFuelEU AviationおよびFuelEU Maritimeの両規制に定められた目標達成に不可欠なインフラを構築する狙いがある。これらの規制に基づく燃料需要は2035年までに合計2,000万トンに達すると見込まれ、その内訳はバイオ燃料1,320万トン、e燃料(合成燃料)680万トンである。達成には約1,000億ユーロ(約16兆円)の投資が必要とされる。
投資加速とリスク低減へ EUが初期支援を明示
欧州委員会は、投資家や開発事業者の予見性を高めるため、規制目標を安定的に維持する方針を示したうえで、STIPが「初期段階のプロジェクトのリスクを低減する仕組み」であると強調した。2027年までに少なくとも29億ユーロ(約4,600億円)のEUレベルの資金が動員される見通しだ。
具体的には、InvestEUプログラムを通じて20億ユーロ(約3,200億円)を再生可能燃料の生産支援に投入し、欧州水素銀行(European Hydrogen Bank)からは3億ユーロ(約480億円)が航空・海運向け水素燃料生産に充てられる。また、研究開発支援としてホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)から1億3,300万ユーロ(約210億円)、イノベーション基金(Innovation Fund)から合成燃料分野に4億4,600万ユーロ(約710億円)が拠出される予定である。
さらに、年内には加盟国と連携して「eSAFアーリームーバーズ・コアリション」を立ち上げ、合成航空燃料の早期商業化に向け少なくとも5億ユーロ(約800億円)を動員する計画だ。
中長期的には市場安定化機構を構築
欧州委員会は2027年以降、燃料生産者と購入者を結び付ける中間市場メカニズムの創設を目指す。この仕組みにより収益の安定性を確保し、民間投資を呼び込む狙いだ。同時に、航空会社や海運事業者の行政負担を軽減し、国際的な協力を強化してEU産業の競争力維持と公平な市場環境の確保を図る。
持続可能輸送・観光担当委員のアポストロス・ツィツィコスタス氏は「STIPは持続可能な未来への決定的な一歩であり、排出削減にとどまらず、欧州産業の競争力と強靭性を高める」と述べ、「加盟国、産業界、金融機関、市民社会の緊密な協力が成功の鍵を握る」と強調した。
炭素市場拡張への期待と課題
一方、業界団体のSASHAコアリションは計画を歓迎しつつも、「排出量取引制度(ETS)の拡張が依然として欠けており、これがなければ脱炭素化を加速させる十分な財源を確保できない」と指摘した。また、同団体のEU政策ディレクター、オーレリア・ルー氏は「水素やゼロエミッション航空機の役割が認識されたのは前進だが、ゼロエミッション技術全体への支援は依然限定的だ」と述べた。
カーボンクレジット市場への波及
STIPは、バイオ燃料やe燃料などの低炭素燃料の需要を大幅に押し上げると同時に、EU域内のカーボンクレジット価格や需要構造にも影響を及ぼす見込みである。再生可能燃料を供給する企業にとっては、排出削減効果をカーボンクレジット化する新たな市場機会が生まれる可能性がある。今後、EU排出量取引制度(EU ETS)との連携設計やカーボンクレジット認証の標準化が進むかどうかが焦点となる。
欧州委員会は2026年以降、STIPの進捗評価と市場制度設計の詳細を公表する予定であり、2030年代初頭にかけて民間資本の呼び込みと産業転換を本格化させる方針である。