欧州委員会は12月17日、国境炭素調整措置(CBAM)の対象範囲を大幅に拡大し、洗濯機や自動車部品、産業機械などの「川下製品」を含める新たな規則案を発表した。これまでの鉄鋼やセメントといった原材料に加え、2028年1月1日から約180品目の加工製品が課税対象となる。一時は見送りといった報道も出ていたが、発表時期は遅れたものの予定通り公表された。
欧州域内の製造業が直面する「カーボンリーケージ」のリスクを封じ込めると同時に、域外からの迂回輸入を阻止し、グローバルサプライチェーン全体での脱炭素化を強制する狙いがある。
サプライチェーン全体への「炭素コスト」転嫁
今回の決定的な変更点は、規制対象が「素材(川上)」から「製品(川下)」へと拡大されたことだ。
これまでCBAMは、アルミニウム、セメント、電力、肥料、水素、鉄鋼という基礎資材を対象としていた。しかし、このままではEU域内の製造業者が、CBAM負担によりコスト高となった欧州産素材を使って製品を作る際、炭素コストを払っていない安価な輸入完成品との競争で不利になるという構造的な欠陥があった。例えば、EU産の鉄を使った欧州製洗濯機は、中国産の鉄を使った中国製洗濯機よりもコストが高くなる現象だ。
欧州委はこの抜け穴を塞ぐため、鉄鋼およびアルミニウムを多く含む約180の川下製品(自動車部品、家庭用電化製品、産業用機械など)を2028年からCBAMの対象に組み込む。対象製品の94%は、平均して79%の鉄・アルミ含有率を持つ産業用部材であり、残る6%が家電などの消費財となる。
迂回防止とスクラップ利用の厳格化
新規則では、規制逃れ(迂回)への対策も強化される。
具体的な措置として、「市中スクラップ(pre-consumer scrap)」の使用に関する計算ルールが見直された。リサイクル素材であるスクラップの使用は製品の埋蔵排出量を下げる効果があるが、これを不当に計上して排出量を過少申告するケースを防ぐため、EU域内製品と輸入品の間で公平な算定基準を適用する。
また、排出原単位の虚偽申告や、実際のデータが信頼できない場合の対抗措置として、欧州委は「デフォルト値(国別既定値)」を適用する権限を強化する。これにより、正確なデータを提出できない、あるいは提出しない輸出企業は、ペナルティに近い高い炭素コストを課されるリスクが高まる。
EU生産者保護へ「脱炭素化基金」を創設
欧州委は産業界からの強い要望を受け、一時的な支援策として「脱炭素化基金」の創設も発表した。
この基金は、2026年および2027年のCBAM証書販売による収益の25%を原資とする。カーボンリーケージのリスクにさらされているEU域内の生産者に対し、排出量取引制度(EU-ETS)に基づく炭素コストの一部を補填する仕組みだ。ただし、支援を受ける条件として、対象企業には具体的な脱炭素化への投資と努力が義務付けられる。残りの75%の収益はEUの自己財源(歳入)となる。
2026年からの完全実施に向けたロードマップ
CBAMは2023年10月から移行期間に入っており、2026年1月1日からはいよいよ金銭的負担を伴う「完全実施(Definitive Regime)」へと移行する。これは、EU-ETSにおける無償割当(フリーアロケーション)が2034年にかけて段階的に廃止されるスケジュールと連動している。
欧州委は同日公開したレビュー報告書の中で、CBAMがすでに域外諸国の脱炭素化政策を促進するドライバーとして機能していると評価。国際的なパートナー国(日本を含む)からの懸念に配慮し、信頼できる認証機関の相互承認や、炭素価格の控除に関する簡素化措置も盛り込まれた。
日本製造業への「実質増税」とCDRへの影響
今回のニュースは、日本の製造業、特に自動車・機械産業にとって「対岸の火事」が「延焼」へと変わった瞬間を意味するだろう。
これまで日本のメーカーは「我々は素材屋ではないからCBAMの影響は限定的だ」と構える向きもあったが、2028年からは「ネジ一本、モーター一個、車一台」に至るまで、欧州向け輸出品に炭素コストがのしかかる。これは事実上の関税障壁の拡大だ。
ここで重要なのは以下の2点である。
「同等性」の証明圧力
「炭素価格控除」の柔軟化は、日本にとって諸刃の剣です。日本のGXリーグ(GX-ETS)における炭素価格がEU-ETSに比べて著しく低い場合、その差額をEUに徴収される構造は変わりません。これは、日本国内でのカーボンプライシング引き上げ(および義務化)の議論を加速させる外圧となります。
高品質クレジットと脱炭素技術の需要増
「脱炭素化基金」の設立は、EU企業が「排出量を減らせば支援が得られる」というインセンティブ構造を強化する。これにより、欧州域内での炭素除去(CDR)技術や低炭素プロセスへの投資が加速する。対する日本企業も、単なる「省エネ」レベルではなく、サプライチェーン全体での排出量を極小化しなければ、欧州市場での価格競争力を失うだろう。
結果として、高品質なボランタリークレジットや、J-クレジットのような国内制度と国際基準(CBAM適合性)との整合性を問う動きが、2026年に向けて一気に過熱することが予想される。
参考:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_3088


