欧州炭素価格が急落 独伊首脳の「介入発言」が揺さぶるEU-ETSの信頼性と脱炭素のジレンマ

村山 大翔

村山 大翔

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欧州の気候変動対策の要である欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS)が、政治的な荒波に揉まれている。2026年2月、欧州諸国の首脳陣から相次いだ制度見直しの発言により、炭素価格が急落する事態となった。

政治的発言が引き金となった炭素価格の急落

2026年2月12日の欧州市場において、EU-ETSのベンチマーク価格は一時、前日比で7%も下落した。

この急落の背景には、ドイツのメルツ首相による発言がある。メルツ首相は産業界の要請を受け、EU-ETSの改訂や導入延期に対して「非常にオープンであるべきだ」と言及した。エネルギーコストの増大に苦しむ製造業への配慮が、市場に「政治介入による価格抑制」のシグナルとして伝わった形である。

足並みを揃える欧州首脳陣と産業界の悲鳴

メルツ首相に続き、イタリアのメローニ首相も、制度の徹底的な見直しと金融投機の阻止を訴えた。また、チェコのアンドレイ・バビシュ首相は、産業界を即座に救う手段として、炭素価格を1トンあたり30ユーロ(約5,000円)に制限する価格上限設定を提案している。

欧州の産業界は現在、米国や中国との激しい経済競争にさらされており、特にエネルギー価格の上昇が国際競争力を削いでいるという危機感が強い。ベルギーのアルデン・ビーゼン城で開催された非公式首脳会議では、欧州の競争力強化が最優先課題として議論された。その中で、排出コストを課すEU-ETSが、皮肉にも欧州企業の足を引っ張る存在として槍玉に挙がったのである。

欧州委員会による反論と制度の正当性

こうした批判に対し、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、EU-ETSの正当性を強く主張した。委員長は、この制度が2005年の開始以来、加盟国に計2,000億ユーロ(約33兆円)もの収益をもたらしてきた実績を強調している。

また、価格が高騰した際や経済状況が悪化した際、市場の供給量を調整して価格を安定させる「市場安定化リザーブ(MSR)」という仕組みが既に備わっている点も指摘した。欧州委員会は、加盟国がEU-ETSから得た収益のうち、産業の脱炭素化に投資されている割合が5%未満にとどまっている現状を批判し、各国政府こそが産業支援に動くべきだと反論している。

揺り戻しと今後の展望

激しい議論の翌日、メルツ首相は「EU-ETSは成長と脱炭素を両立させる効果的な手段である」と述べ、前日の批判的なトーンを和らげた。しかし、一度生じた市場の不透明感は完全には拭えていない。欧州委員会は2026年7月にEU-ETSの見直し案を提出する予定であるが、当初は2040年の気候目標に向けた制度設計の変更が主眼であった。

しかし、今回の騒動を受け、産業保護のための短期的介入が議論の遡上に載る可能性は否定できない。投資家や企業にとって、炭素価格の予測可能性は脱炭素投資の前提条件である。政治的な思惑によって市場が左右される現状は、欧州が掲げる「グリーンな成長」という戦略そのものの信頼性を問うている。