EU脱炭素戦略に2026年の壁 CCUS投資の遅延が招く産業空洞化とカーボンクレジット供給への影

村山 大翔

村山 大翔

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カーボン・キャプチャー・アンド・ストレージ協会(CCSA)は、デロイト(Deloitte)と共同で実施した最新の欧州市場調査報告書を公表し、二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)プロジェクトの展開遅延が、欧州連合(EU)の気候変動目標達成と産業競争力に致命的な打撃を与える可能性があると警告した。

報告書は、2030年および2040年の脱炭素目標を達成するためには、2026年中に主要プロジェクトが最終投資決定(FID)を下す必要があると強調している。

EUは2050年までのネットゼロを掲げ、2040年までに温室効果ガスを1990年比で90%削減するという法的義務を負っている。この達成には、2040年までに年間約2億8,000万トン、2050年までに年間約4億5,000万トンのCO2を回収・貯留する必要がある。

しかし、現実との乖離は深刻だ。

ネットゼロ産業法(NZIA)は2030年までに年間5,000万トンの貯留能力確保を義務付けているが、現在のEU域内における稼働中の貯留能力はわずか年間18万5,000トンにとどまり、目標の1%にも満たない。CCSAのオリビア・パウィスCEOは、「2026年までに初期プロジェクトが投資決定に至らなければ、EUは目標未達だけでなく、クリーン技術への投資を他地域へ奪われるリスクがある」と強い危機感を示した。

現在、欧州では鉄鋼、セメント、化学などのセクターから950件以上のCCUSプロジェクトが提案されているが、その多くがバンカビリティの欠如により足踏みしている。主な要因は以下の通りである。

  • 断片的な規制と法的不確実性
    各国で異なる貯留責任の所在や、共有パイプラインの許可手続きの遅れが投資家を消極的にさせている。
  • リスク配分の不透明性
    回収・輸送・貯留の各フェーズが相互に依存するバリューチェーンにおいて、一箇所の不具合が全体の投資回収を毀損する「連鎖リスク」が解消されていない。
  • 資金不足と制度の硬直性
    約400億ユーロ(約6兆4,000億円)規模の「EUイノベーション基金」等は存在するが、インフレや技術的不確実性をカバーするには不十分であり、応募超過の状態が続いている。

先行する英国市場では、開発者の75%が「政策の不確実性が続けば、投資先を海外へ変更する」と回答しており、欧州域内でも同様の資本流出が懸念されている。

CCUSインフラの整備は、単なる排出削減にとどまらず、バイオエネルギー起源のCO2回収・貯留(BECCS)や大気直接回収・貯留(DACCS)といった炭素除去(CDR)技術の確立に直結する。これらは将来的に高品質なカーボンクレジットの供給源として期待されている。

EUは2026年7月までに、炭素除去認証フレームワーク(CRCF)で認証された除去量をEU域内排出量取引制度(EU ETS)に統合する評価を行う予定だ 。しかし、基盤となるCCUSインフラが構築されなければ、高品質なカーボンクレジットの創出自体が危うくなる。

報告書は、官民が協力して初期段階の「連鎖リスク」を吸収する政府保証制度や、差額決済契約(CCfD)といった財務的支援メカニズムを早期に確立するよう求めている。

欧州の混迷は、日本企業にとって「EPC(設計・調達・建設)需要」と「制度設計のベンチマーク」という二つの側面で重要だ。

デンマークのCCS基金(約6,300億円規模)のような大規模な公的支援と市場化のバランスは、日本のGX経済移行債の運用においても示唆に富む 。また、BECCSやDACCSによる永続的なカーボンクレジットの創出を狙う国内企業にとって、欧州のパイプラインや貯留ハブの整備動向は、将来的なグローバル・スタンダードを占う試金石となるだろう。

特に中小企業にとっては、これら巨大インフラに関連する高度な純度計測技術や漏洩検知センサーといったニッチ領域での参入機会が拡大すると予測する。

参考:https://www.ccsassociation.org/news/new-ccsa-report-highlights-opportunities-for-the-eu-to-achieve-climate-targets-and-strengthen-industrial-capacity-through-accelerated-ccus-scale-up/