EU CBAMの肥料適用を一時停止へ 域内農業の競争力維持に向けフランス・イタリアが要請

村山 大翔

村山 大翔

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欧州委員会(EC)は1月7日、同月から本格導入された炭素国境調整措置(CBAM)について、肥料への適用を一時的に停止する検討に入った。

これはロシアによるエネルギー危機以降、肥料価格が高騰し続ける中で、欧州農業の競争力低下を懸念するフランスとイタリアの強い要請を受けたものだ。クリストフ・ハンセン欧州委員(農業・食糧担当)らはブリュッセルでの閣僚理事会後、農家への追加支援策として450億ユーロ(約7兆1,100億円)の拠出とともに、CBAMの柔軟な運用を示唆した。

欧州委員会が示した方針は、アンモニアや尿素を含む窒素肥料にかかるCBAMの支払義務を一時的に免除、あるいは発動を猶予するものだ。マロシュ・シェフチョビッチ欧州副委員長(通商担当)は「肥料価格は2020年比で依然として約60%高く、持続不可能な水準にある」と指摘した。その上で、市場動向を監視し、不測の事態が発生した場合には肥料など特定品目のCBAM適用を停止できる「一時停止条項」の導入を2026年中に目指す考えを明らかにした。

フランスとイタリアの両政府は、CBAMの適用により肥料の輸入コストが約25%上昇すると試算しており、共同で免除を求めていた。フランス政府は、この措置が農家の負担を軽減し、2026年度の作付けに向けた肥料供給の安定につながると主張している。イタリアのフランチェスコ・ロロブリジーダ農業相も、第三国からの輸入肥料に対する関税撤廃を含めたさらなる支援を求めている。

欧州の肥料業界団体であるフェルティライザーズ・ヨーロッパ(Fertilisers Europe)は、CBAMによる財務上の不確実性が肥料の混合業者や輸入業者の発注を妨げていると警告した。現在、EU内の肥料供給の50%は域外からの輸入に依存しており、在庫は次年度の必要量の約60%にとどまっている。このままでは肥料不足とさらなる価格高騰を招き、欧州の食料安全保障を脅かす可能性があると懸念を示した。

一方で欧州委員会は、域内農業のレジリエンスを高めるため、次期共通農業政策(CAP)の予算から450億ユーロ(約7兆1,100億円)を追加配分する方針を固めた。これにより、次期予算案における農家への直接支援総額は3,000億ユーロ(約47兆4,000億円)を超える見通しだ。

オリベール・バールヘリ欧州委員(保健・食料安全保障担当)は、農家の事務負担軽減に向けた「食品・飼料オムニバス提案」を通じ、環境負荷の低い農薬の承認手続きを迅速化し、年間10億ユーロ(約1,580億円)のコスト削減を目指すと述べた。

今回のCBAM適用猶予の動きは、脱炭素化を推進する欧州の環境政策が、食料安保という現実的な壁に直面した形となった。欧州委員会は、環境規制の有効性を維持しつつ農家を保護するため、域外から輸入される農産物に対しても域内と同等の環境基準を求める相互主義(レプロシティ)の徹底を強調している。

今後は2月中に特定の化学物質に関する規制を強化する一方、6月までに「肥料アクションプラン」を策定し、リサイクル栄養素の活用拡大に向けた規制調整を進める方針だ。

今回のEUによるCBAM適用猶予の検討は、カーボンクレジットおよびCDR市場にとって複雑なシグナルとなる。肥料製造は膨大なCO2排出セクターであり、CBAMは本来、輸入肥料に炭素価格を上乗せすることで、低炭素なグリーンアンモニアへの転換を促す強力なインセンティブになるはずであった。

しかし、足元の農業コスト増を優先してこの「炭素の壁」を一時的に取り払うことは、短期的にはグリーンアンモニア事業の投資回収見込みを不透明になる。これは、産業部門の脱炭素化をカーボンクレジット創出の柱と考える事業者にとって、政策リスクを再認識させる出来事だ。

一方で、ECが言及した「リサイクル栄養素の拡大」や「バイオ肥料への転換」は、土壌貯留やバイオ炭といった農業由来のCDRプロジェクトにとっては追い風となる。

今後は、従来の化学肥料に代わるカーボンクレジット付きのグリーン肥料への移行を、いかに補助金や政策枠組みで支援できるかが、欧州の気候変動目標達成のカギを握る。

参考:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/speech_26_47