欧州連合(EU)加盟国は2026年2月18日、輸送・ビル暖房部門を対象とした新たな排出量取引制度「ETS2」において、価格急騰を抑えるための「セーフティバルブ(安全弁)」機能を強化することで合意した。
2028年の本格導入を前に、エネルギー価格上昇による市民生活への打撃を最小限に抑えるのが狙いだ。一方で、制度の延期を求める一部加盟国と、予定通りの実施を主張する北欧諸国との間で、カーボンクレジット市場の信頼性を巡る対立も表面化している。
価格高騰への「防波堤」を構築 最大8,000万枠を市場投入
今回の合意により、ETS2の価格制御メカニズム(MSR)が大幅に強化された。具体的には、炭素価格が1トンあたり45ユーロ(約7,200円 ※2020年価格ベース)を超えた場合、1回のトリガーにつき2,000万分の排出枠を追加放出する。この放出は年2回まで実施可能で、年間最大8,000万枠を供給することで市場の沈静化を図る。
また、予備軍として保持されている約6億分の排出枠についても、将来的な市場安定化のために維持することが決定した。これらの措置は2030年以降も継続され、長期的な市場の予見可能性を確保する方針だ。
加盟国間の深い溝 スウェーデン等は「延期」に断固反対
ETS2の導入を巡っては、EU内で意見が二分されている。
スロバキアやチェコなどの東欧諸国は、ガソリンや暖房燃料への課税が低所得世帯の負担増に直結すると懸念を表明。
これに対し、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、オランダ、ルクセンブルクの5カ国は2月17日に共同声明を発表し、導入延期に強く反対した。
北欧諸国を中心とする推進派は、「制度の延期は投資家の信頼を損ない、脱炭素に向けた企業の長期的な投資判断を狂わせる」と主張。ETS2から得られる収益は、電気自動車(EV)の購入補助や住宅の断熱改修など、低所得層や中小企業への支援に還元される仕組みであることを強調している。
下落する既存市場と揺れる炭素価格
この政治的議論と並行して、既存の炭素市場(ETS1)では価格のボラティリティが激化している。2026年2月中旬には、政治的な改革論議や制度遅延への懸念から、炭素価格が1トンあたり70ユーロ(約11,200円)を割り込む場面も見られた。
欧州委員会は2026年後半に既存炭素市場のレビュー案を提示する予定であり、これがETS2のルールを再修正する「場」になる可能性も指摘されている。
EUによる今回の決定は、炭素価格の「上限」を事実上設定することで、急激なコスト増を嫌う産業界や市民への妥協点を見出したものと言える。日本企業にとっては、欧州での物流・拠点維持コストが「1トン45ユーロ」を一つの基準として予測可能になるメリットがある。一方で、価格抑制策の強化はクレジットの供給過多を招き、炭素価格の低迷を招くリスクも孕む。
CDR技術への投資を検討している企業は、政策的な価格操作が投資回収期間にどう影響するか、より慎重なシナリオ分析が求められるだろう。
