ノルウェー石油大手エクイノール CCS投資を6,000億円削減へ 市場成熟の遅れで方針転換

村山 大翔

村山 大翔

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ノルウェーのエネルギー大手エクイノール(Equinor ASA)は2月4日、2026年から2027年にかけて低炭素事業への設備投資を約40億ドル(約6,000億円)削減すると発表した。

同社のアンデシュ・オペダルCEOは投資家向け説明会で、炭素回収・貯留(CCS)市場の商業化が当初の想定より大幅に遅れており、顧客の需要シグナルが明確になるまで新規大型プロジェクトへの資金投入を見合わせる方針を明らかにした。CCS技術で世界をリードしてきた同社の戦略転換は、カーボンクレジット市場における需給ギャップの深刻さを浮き彫りにしている。

エクイノールは1996年から北海で世界初の商業規模CCSプロジェクト「スライプナー」を稼働させるなど、CO2地中貯留技術で30年近い実績を持つ。しかし同社が2025年第4四半期決算で示した数字は、技術的優位性だけでは事業として成立しない現実を物語る。削減される投資額の大半はCCS、水素、アンモニアを含む低炭素ソリューション部門に集中しており、一方で従来型の石油・ガス事業には年間約100億ドル(約1兆5,000億円)の投資を維持する。

オペダルCEOは「数年前には天然ガスを購入する顧客が同時に水素供給やCO2輸送・貯留サービスにも関心を示していた。だが現在、同じ顧客の多くがガス購入は続けながらも、大規模な排出削減コミットメントを将来へと先送りしている」と指摘した。規制枠組みは整備されつつあるものの、許認可手続きや回収プロジェクト開発のペースが鈍化し、顧客の脱炭素目標は2030年以降へとずれ込んでいる。

この需要減退により、エクイノールはCCSインフラ投資の前提となる長期契約に必要な「十分なCO2回収量の集約」が困難になったと判断した。同社は技術面での準備は整っているものの、確実な顧客コミットメント、予測可能な収益、整合したタイムラインという3要素が揃うまで投資を控える姿勢だ。これは「技術だけでは市場は動かない」という、CCS業界全体が直面する構造問題を象徴している。

エクイノール自身の脱炭素実績も見直しを迫られた。同社は2025年のスコープ1・2温室効果ガス排出量(操業資産ベース)を1,020万トンCO2eとし、2015年比で33%削減を達成したと発表。しかし2030年と2035年のネット炭素強度削減目標はそれぞれ「5〜15%」「15〜30%」へと上方修正された。理由として「市場環境の変化と価値創造機会の減少」を挙げており、当初の野心的目標が現実路線へと後退した形だ。

業界では「CCS市場は2020年代後半に急成長する」との見方が支配的だったが、欧州や米国で炭素価格制度が想定通り機能せず、企業の設備投資判断に必要な長期的価格シグナルが不足している。マイクロソフトなど一部のテック大手はカーボンクレジット購入契約をエクイノールと締結しているが、産業全体を支えるには程遠い。

日本でも苫小牧CCS実証試験が2019年に終了して以降、商業規模プロジェクトの立ち上がりは限定的だ。経済産業省は「2030年までに年間600〜1,200万トンのCO2貯留」を掲げるが、エクイノールの判断は日本企業にも示唆を与える。すなわち、技術開発に先行投資しても、需要側の購買意欲と政策的裏付けが伴わなければ資本回収は見込めないという教訓だ。

一方で同社は完全撤退ではなく「待機」の姿勢を取る。オペダルCEOは「顧客、安定した政策枠組み、商業的に実行可能な契約が整えば投資する準備はある」と述べ、市場条件の好転を見極める構えだ。2025年通年の調整後営業利益は62億ドル(約9,300億円)、税引き後で15.5億ドル(約2,325億円)を計上するなど、本業の石油・ガス事業は堅調で、再投資の余力は保たれている。

エクイノールの決断は、カーボンクレジット市場が「需要先行」から「供給過剰リスク」へと局面転換した可能性を示唆する。CCS設備への巨額投資が正当化されるには、企業の自主的購入だけでなく、炭素税やキャップ・アンド・トレード制度による強制的需要創出が不可欠だ。日本政府が2026年度から本格導入する「GXリーグ排出量取引制度」も、こうした需要基盤を形成できるかが試金石となる。

エクイノールの投資縮小は、CCS市場が「技術の時代」から「政策と需要の時代」へ移行した転換点といえる。

日本の中小企業にとっては、性急な設備投資より、まず自社排出量の可視化とクレジット調達ルートの確保が先決だ。2030年までは「待ち」の期間であり、むしろ炭素会計の整備とサプライチェーン対応に注力すべきだろう。

一方、長期視点では貯留適地を持つ国内企業や港湾事業者に、2030年代以降のCCSハブ構築でチャンスが訪れる可能性がある。

参考:https://www.equinor.com/news/equinor-fourth-quarter-and-full-year-2025-results