デンマークが2026年初頭に締め切った総額約7,000億円規模の二酸化炭素回収・貯留(CCS)入札プログラムは、当初の想定を大きく下回る応札数に終わった。
事前審査を通過した10社のうち8社が最終段階で撤退し、主要入札者はセメント大手アールボー・ポートランド(Aalborg Portland)1社のみとなった。しかし業界関係者の間では、これを「失敗」ではなく「政策と現実のギャップを可視化した貴重な実証実験」と再評価する声が強まっている。
デンマーク政府はこの入札で、今後20年間にわたり年間200万トン超のCO2を回収・貯留するプロジェクトに対し、約40億ユーロ(約6,600億円)の補助金を用意した。人口約600万人の同国にとっては異例の規模で、CCSを気候戦略の「中核インフラ」と位置づける野心的な取り組みだった。だが、初期段階では多数の応募があったものの、拘束力のある契約段階に入ると参加者が急減。
デンマーク地域暖房協会のCCUS・CDR・バイオマス部門長ヤニック・ビュール氏は「政治的野心と実務的現実は必ずしも同じタイムラインで動かない。新興市場における厳格な入札要件が、かえって障壁になり得ることが明らかになった」と分析する。
撤退の構造的要因
複数の圧力が重なった。開発スケジュールは政府の2030年目標に緊密に紐付けられ、許認可、貯蔵地の評価、インフラ構築、資金調達といった本来長期を要するプロセスが圧縮された。このバランスの崩れが、開発事業者に過度なリスクを転嫁する形となった。
また、商業規模の「バンカブル」(資金調達可能な)CO2貯蔵容量へのアクセスも決定的な障壁となった。デンマークは有望な北海の地下地質を持つものの、実際に投資判断を下せる水準の貯蔵ライセンスは依然として限られており、回収プロジェクトが最終投資決定(FID)に至るのを困難にした。
さらに入札設計そのものが課題を増幅させた。厳格なペナルティ制度と価格上限が設定されたが、コストが現場ごとに大きく異なり不確実性が高い初期市場において、こうした制約は規律ではなく参加意欲の減退を招いた。
セメント産業が示す「必然性」
それでも最後まで残った案件は重要なシグナルを発している。最も進展した入札はアールボー・ポートランドによるもので、セメント産業、脱炭素化が最も困難とされる業種の一つを代表する。セメントにとってCCSは事実上「必須」の選択肢であり、同社の提案する年間150万トンのCO2削減は、デンマーク全体の排出量削減において物質的に重要な規模となる。
ビュール氏によれば、デンマーク政府は最近、2035年の新たな気候目標(1990年比82%削減)達成に向け、約1兆3,200億円(800億クローネ)の予算を優先配分することを決定した。「資金の使途はまだ決まっていないが、CCSへの追加配分の可能性は高い。ただし同じモデルで急いで再入札するのではなく、今回の教訓を活かし、プロジェクトごとのリスクに対処し、貯蔵サイト探査・開発の実際のタイムラインに合わせた補助金モデルを構築すべきだ」と同氏は提言する。
世界のCCS政策への示唆
デンマークの経験は、世界のCCS政策に広く当てはまる教訓を示している。初期の資金調達ラウンドは、競争を最大化するためではなく、どこがシステムとして準備できているか、どこができていないか、そして政策フレームワークがどう進化すべきかを明らかにする価値がある。
実際、英国の初期の洋上風力オークション(AR5など)も当初は「失敗」とされたが、その後の制度改善により成功事例となった経緯がある。デンマークも同様のプロセスを辿る可能性が高い。
日本のCCS政策(2030年までに年間600〜1,200万トンの貯留目標)にとっても、デンマークの「現実チェック」は他人事ではない。貯蔵適地の確保、タイムライン設定の柔軟性、リスク分担の設計――これら全てが日本企業のCCS事業参入の成否を分ける。とりわけ、CO2輸送船やモニタリング技術といった関連サービスを手がける中小・中堅企業にとっては、政策の成熟とともに訪れる巨大市場への準備期間と捉えるべきだろう。
参考:https://ens.dk/en/supply-and-consumption/ccs-tenders-and-other-funding-ccs-development
