欧州と中国の火力発電所で進む炭素回収・利用・貯留(CCUS)技術の経済性に、決定的な格差が生じている。英エネルギー調査会社ウッド・マッケンジー(Wood Mackenzie)の新分析によると、欧州ではCO2回収コストが1トン当たり300ドル(約4万8,000円)を超える一方、中国は30〜40ドル(約4,800〜6,400円)と、最大で9割近く安価に抑えているとされる。
世界の発電部門は年間約135億トンのCO2を排出しており、エネルギー起源排出量の約3分の1を占める。しかし商業規模で稼働するCCUSプロジェクトはわずか2件にとどまり、過去10年間で発表済み案件の半数以上が延期または中止されている。
中国の国有企業は、欧米企業に比べてCCUS建設を約半分の期間で完了し、1トン当たりの資本コストを55〜70%低減しているという。現在、中国では石炭火力を対象とする5件のCCUSプロジェクトが建設中であり、2026年に発効する欧州連合(EU)の炭素国境調整メカニズム(CBAM)を前に、産業競争力の構図を塗り替える可能性がある。
ウッド・マッケンジーのピーター・フィンドレイCCUS経済担当ディレクターは「欧州の発電事業者は技術的には実現可能でも、政府支援なしでは採算が合わない」と指摘。「中国が主張する7割のコスト優位は、太陽光発電と同様、世界の電力セクターを根本的に変えかねない」と述べた。
英国のBPが主導する「NZTパワー」計画は、欧州で唯一商業的成立が見込まれるCCUS案件である。同国が導入した「ディスパッチャブル・パワー・アグリーメント(DPA)」モデルにより、税引前内部収益率(IRR)は約20.8%と見込まれるが、政府支援は1トン当たり427ドル(約6万8,000円)に相当する。ほかの欧州諸国では、この規模の補助制度を再現できていない。
エネルギー価格の高騰や複雑な規制、海底貯留の追加コストが、欧州でのCCUS事業を圧迫している。
AIやデータセンターの電力需要拡大を背景に、米エクソンモービルやシェブロンはCCUSを「グリーン電源」として推進する。しかし発電コストは1メガワット時当たり60〜95ドル(約9,600〜1万5,000円)と高く、米国の45Q税額控除を適用しても20〜30ドル分しか補填できない。
再エネ比率の上昇でガス火力が断続的な稼働に移行する中、CCUSの稼働率は低下し、経済性を一層損なっている。特に欧州のガス火力は排ガス中のCO2濃度が3〜4%と低く、石炭火力(9〜12%)に比べて回収コストが高い。結果として、CCUS導入により電力コストが1MWh当たり最大200ドル(約3万2,000円)上昇する場合もある。
一方、バイオマス発電にCCUSを組み合わせたバイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)は、マイクロソフトなどが炭素除去クレジット(1トン当たり150〜200ドル=約2万4,000〜3万2,000円)を購入するなど、民間投資を呼び込んでいる。BECCSは排出削減にとどまらず「負の排出」を実現できる点が評価され、内部収益率は16〜23%に達する例もある。
ウッド・マッケンジーは、技術革新により2050年までに回収コストが50〜60%低下する可能性を示唆する。しかし現状の展開速度では、CCUSが2050年時点で世界の火力発電能力の3〜4%にしか適用されないと予測する。
同社アジア太平洋地域のヘタル・ガンジーCCUSリードは「欧州の電力会社は、採算の不透明なCCUSに巨額投資を続けるか、より経済的な脱炭素手段に舵を切るかという戦略的選択を迫られている」と警告した。