LeadIT(Leadership Group for Industry Transition)が2026年5月25日に公表した最新版グリーンセメント技術トラッカーによれば、世界で計画中のセメント産業向けCCSプロジェクトをすべて稼働させても、2035年時点で同セクター排出量の2%未満しか回収できない見通しである。野心と実装の間のギャップが定量的に示された格好だ。
ノルウェー・ブレビク(Brevik)にあるハイデルベルクマテリアルズ(Heidelberg Materials)の施設は、世界初の商業規模CCSセメント工場として年間約0.4Mt-CO2を回収している。LeadITが追跡する案件は世界で175件を超えるが、2035年までに実際に稼働するのは38件にとどまる見込みだ。
LeadITのアナリスト、ペレス・イェプソ(Perez Yeptho)氏は「世界初の商業案件は重要な突破口だが、十分な支援とインフラがなければ技術のスケールアップは限定的になりうる。現在計画中の案件がすべて稼働しても、2035年時点で回収される排出量はセクター全体の2%未満にとどまり、野心と実装の間に深刻なギャップが残る」と指摘する。
LeadITの分析が浮き彫りにした最大の論点は、初期段階の商業CCS案件における政府支援の決定的役割である。ブレビク施設は資本費の80%超を公的資金スキームでカバーしており、これが稼働実現の前提となった。一方、スウェーデンやカリフォルニアの案件は公的資金の確保失敗または喪失により遅延・中断・中止に追い込まれているものもある。
加えて、CO2の輸送・貯留インフラへのアクセスも案件成立の必須条件である。現在進行中の案件はすべて、北海やアドリア海の共有ネットワークに依存している。技術的成熟度がいかに高くとも、共有インフラなしには案件は前進しない構造だ。
セメントCCSの新規プロジェクト発表は2025年に減少し、世界で12件にとどまった。商業規模はそのうち3件で、2024年のピーク15件から大幅に減少している。地域別ではアジアが発表件数で初めて欧州を上回ったが、大規模商業案件は依然として欧州に集中している。
LeadITの政策リードを務めるアーロン・マルタイス(Aaron Maltais)氏は、この鈍化を勢いの減速とみるべきではないとの見解を示す。セクターは商業化初期段階にあり、発表件数よりも初の大規模案件の実装成功こそが、投資家の信頼構築と将来投資の解放にとって重要だという論理である。
2026年には、ハイデルベルクマテリアルズがカナダのエドモントン(Edmonton)施設で年間約1Mt-CO2の回収能力を持つ商業案件の稼働を計画している。ブレビクの2倍超の規模である。同年にはカナダ、ドイツ、オーストリアでも小規模実証案件3件が稼働予定だ。
セメントは年間生産量約40億トンに達し、世界のCO2排出量の約8%を占める。この産業の脱炭素が困難な理由は、排出の大部分が燃料由来ではなく、石灰石からクリンカーを生成する化学反応そのものに起因する点にある。再生可能エネルギーや水素への燃料転換だけでは排出の大宗を削減できず、CCSはほぼ不可避の技術と位置づけられてきた。
LeadITはCCSがセメント産業のネットゼロ達成に必要な削減量の3分の1超を担いうると見積もる。クリンカー代替(焼成粘土など)、代替クリンカー化学、電化窯といった選択肢は存在するが、現時点でセメント全般を置き換えうる単一技術は確立されていない。
セメント産業のCCS実装率2%未満という数字は、産業脱炭素戦略におけるCCS依存モデルの構造的限界を示すデータとして扱われる。
ブレビク施設の資本費80%超を公的資金が負担した事実は、現行の商業化モデルがハードトゥアベイト産業の構造的低収益性を公的資金で補填する仕組みであることを意味する。この構造のままでは、グローバル展開に必要な財政規模を主要排出国が継続的に確保できるかが本質的な論点となる。スウェーデンとカリフォルニアの案件停止は、政治的優先順位や財政環境の変化による案件喪失リスクを示唆している。
もっとも、LeadIT自身が表明するように、商業化初期段階では発表件数や回収量の総和ではなく初の大規模案件の実装成功こそが意味を持つという解釈にも一定の合理性がある。技術成熟と資金調達手法の標準化が進めば、後続案件の単位コスト低下と公的支援比率の逓減も理論上はありうる。本件を「失敗の証明」と即断するか「学習曲線の起点」と読むかは、今後3〜5年の後続案件の実装ペースと公的資金依存度の推移が左右する。
セメントCCSは排出回避型の対策であり、除去系カーボンクレジット市場の品質要件とは独立した文脈で評価する必要がある点も、本件を読む上での前提条件となる。
参考:https://www.sei.org/about-sei/press-room/cement-carbon-capture-leadit/