国連開発計画(UNDP)とVCMI(Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)、そして気候政策コンサルタントのClimate Focusは8月19日、新興国・途上国(EMDEs)の政策立案者がグローバルなカーボン市場に参加するための「カーボン市場アクセス・ツールキット」を公表した。市場規模が2030年までに最大350億ドル(約5兆4,600億円)に達すると見込まれるなか、資金調達や政策戦略の立案を支援する狙いだ。
同ツールキットは、各国政府がボランタリーカーボンクレジット市場とコンプライアンスカーボンクレジット市場、さらにはパリ協定第6条に基づくメカニズムにどう関与すべきかを判断するためのステップバイステップの指針を提供する。法制度や機関設計に関する課題、プロジェクトの質の確保、国別事情に応じた参入タイミングなどを整理し、高品質で追加性・永続性・検証可能性を備えた炭素削減・除去プロジェクトの形成を促す。
VCMIのマーク・ケンバー事務局長は「カーボン市場は新たな資本や技術、人材を動員し、各国の気候目標に貢献できるが、その複雑さが参加を妨げている」と指摘した。そのうえで「ツールキットは各国が自国の優先課題に即した最適な参画方法を見極め、変革的な成果につなげるための明確な道筋を示す」と述べた。
UNDPのカーボン市場部門責任者レティシア・ギマランエス氏も「市場の進化は急速で複雑だ。政策担当者が戦略的な判断を行うには、こうしたリソースが不可欠だ」と強調した。
国連は、新興国・途上国が2030年までに年間1.3兆ドル(約202兆円)の国際的な気候資金を必要とすると試算している。しかし現状では、2022年に同地域(中国除く)に流入した世界の気候資金は全体の15%にとどまった。世界銀行によれば、カーボン市場の活用により各国の気候戦略実施コストを半減できる可能性があるとされる。
一方で、アフリカの一部プロジェクトでは仲介業者がカーボンクレジット価値の70%を取得し、地域社会にほとんど還元されない事例も報告されている。こうした不公平を是正し、投資家の信頼を確保するためには、制度整備と市場の健全性向上が不可欠である。
昨冬のCOP29(アゼルバイジャン)で正式化されたパリ協定第6条は、各国間のクレジット取引を規制し、二重計上防止や透明性確保を制度化した。
- 第6.2条:各国間のクレジット取引と「対応調整」の導入
- 第6.4条:認証プロジェクトに基づく新市場メカニズムの創設
- 第6.8条:市場取引以外の資金・技術移転・能力構築の支援
ICVCMのエイミー・メリルCEOは「高い健全性を備えた市場は、債務に依存しない気候資金を各国にもたらす触媒となる」と述べ、VCMIのツールキットを「戦略的参画に不可欠な資源」と評価した。
VCMIはすでにベナン、メキシコ、パナマ、インド、ブラジルなど20カ国で支援プロジェクトを展開している。メキシコ・ユカタン州では先住民コミュニティとの協議を通じ、自主的市場での不当な取扱いを是正するためのロードマップを策定した。ベナンでは政府がプロジェクト承認を判断するための意思決定マトリクスを開発し、2030年までに1兆6,600億円の投資不足を特定した。
パナマ環境副大臣オスカー・バリャリーノ氏は「第6条と連動したカーボン市場戦略は、我が国の気候目標達成と持続可能な成長に不可欠だ」と述べ、同ツールキットの採用を他国にも推奨した。
今回の発表は、11月10日からブラジル・ベレンで開催されるCOP30に向けた布石と位置付けられる。同会議では各国がカーボン市場を国家気候戦略にどう組み込むかについて、追加指針が協議される予定である。国際資金の動員に加え、市場の健全性と地域社会への利益還元が、今後の焦点となる。