米国の炭素除去コンサルティング大手カーボン・ダイレクト(Carbon Direct)は2月10日、2026年版「ボランタリーカーボンクレジット市場(VCM)の現状」報告書を公開し、炭素除去(CDR)技術のスケールアップに必要なインフラや科学的基盤は整っているにもかかわらず、企業による調達活動の停滞が市場成長の最大のボトルネックになっていると警告した。
同報告書によれば、2030年までの気候目標を掲げる組織の大半がいまだCDR調達に着手しておらず、現在の市場規模はわずか800万トンと、2050年に想定される需要20億トンの0.4%にとどまっている。
2025年のCDR市場規模
2050年に必要な規模
目標達成には年間30%以上の成長率が必要だが、
過去5年間の市場はほぼ横ばい
2050年目標に対する現在の進捗状況
同社の戦略・市場部門ディレクターを務めるサナ・オコナー=モーベルグ氏は「2030年まであと4年しかない。気候目標を設定している多くの組織が実際には炭素除去の調達に関与していないことは、喫緊の課題であると同時に、市場を必要な規模まで触媒する巨大な機会でもある」と指摘した。
報告書は、CDR市場の準備状況と実際の購買活動との間に深刻な乖離があることを浮き彫りにしている。現時点で、将来の引き渡しが予定されている契約済みCDRは9,000万トンを超えているものの、企業の2030年目標達成に向けて新たな買い手が参入しない限り、自然由来ソリューションへの投資も不十分だという。高耐久性CDRアプローチに至っては、信頼できる需要を確保したプロジェクトは少数にとどまり、より強い需要シグナルが得られなければ、計画中のプロジェクトの多くが経営破綻のリスクに直面していると警告した。
VCM全体でわずか6%、契約の70%をマイクロソフトが占める偏った市場構造
気候変動の最悪の事態を回避するには排出削減とCDRの両輪が不可欠だが、現在CDRはVCM全体のわずか6%を占めるに過ぎない。2025年のVCM全体のカーボンクレジットリタイアメントは1億5,700万トンで、前年比7%減少した。市場の内訳を見ると、自然由来ソリューションがスポットクレジットの95%を占め、高耐久性アプローチは残り5%にとどまっている。
報告書はさらに、フォワードオフテイク(将来引き渡し契約)市場の極端な集中を明らかにした。現在までに発表された自然由来CDRオフテイクの約60%、高耐久性CDRオフテイクの80%以上をマイクロソフトが占めている。高耐久性CDRで100万トンを超える契約は11件あるが、すべてマイクロソフトが締結したもので、契約済み総量の約80%に相当する。この極端な市場集中は、CDR供給側のエコシステムの脆弱性を浮き彫りにしている。
フォワードオフテイク契約の買い手構成
高耐久性CDRで100万トンを超える契約11件は
すべてMicrosoftが締結
同社の学際科学部門ディレクターであるボディ・カビヨ博士は「高品質なCDR供給は極めて希少で、われわれが審査するCDRプロジェクトのうち厳格な基準を満たすのは10%未満だ。しかし同時に、高品質なCDRソリューションの可能性がこれほど大きい瞬間はかつてなかった」と述べた。また同氏は「初期の買い手は気候義務を果たすだけでなく、より良い価格設定、供給の安全性、競争優位性を戦略的に確保しながら、重要な気候ソリューションのスケールアップを可能にしている」と早期参入の優位性を強調した。
供給側は準備完了も「資金確保できなければ80%超のプロジェクトがリスク」
供給側の分析では、自然由来CDRは現在の資金で2030年までに年間最大3,200万トンの供給が可能だが、これは企業の目標ベースの需要予測(4,000万〜9,000万トン)を大きく下回る。高耐久性CDRについては、技術経済的に実現可能なプロジェクトの総容量は2030年までに年間3,000万トンに達する可能性があるが、報告書は「80%超のプロジェクトが十分なオフテイクと資金調達を確保できなければリスクに直面する」と指摘する。
特に直接空気回収(DAC)の潜在容量は、米国地域DACハブプログラムへの35億ドル(約5,250億円)の資金配分が中止される可能性や、フォワードオフテイクの低迷、持続的に高い回収コストにより、2030年までに600万トン未満へと約40%減少した。一方、バイオマス炭素除去・貯蔵(BiCRS)の潜在容量は、急速に増加するオフテイクに支えられて2,400万トン超へと約5%増加している。
報告書は、CDR市場を加速させる可能性のある要因として、業界基準の更新によるCDRのネットゼロ戦略への組み込みや、規制メカニズムを通じた強制的需要の創出を挙げている。しかし、「現在の需要なしに将来の進展はあり得ない」と釘を刺す。
オコナー=モーベルグ氏は「科学、ソリューション、CDRの供給は今まさに準備が整っており、積極的な脱炭素化と並行して不可欠だ。市場を必要なスピードでスケールさせるために欠けているのは、買い手による決断的な行動だ。気候オーバーシュートのリスクが高まる中、遅延の余地はない」と結んだ。
2030年まで4年を切った今、日本企業の多くも排出削減目標を掲げているが、CDR調達への着手はグローバルと比較しても限定的だ。
本報告書が示すように、早期参入企業は価格面・供給面で優位に立てる一方、市場全体の停滞は高品質プロジェクトの淘汰リスクをはらむ。特に中小企業にとっては、自然由来クレジットと高耐久性アプローチの両輪を見据えた戦略的調達が、2030年代の競争力を左右する分岐点になるだろう。
マイクロソフト1社が市場の7割を占める現状は、日本企業にとって「先行者利益を逃している」という警告とも受け取れる。
参考:https://www.carbon-direct.com/voluntary-carbon-market/2026
