ブルガリアとルーマニアが、EU ETSの排出枠オークション収益を原資とする近代化基金から、合計3億4,200万ユーロ(約635億円)を求めている。資金は両国にまたがる7件の化石ガスパイプライン事業の建設・拡張に充てられる。
近代化基金は、排出枠オークション収益をプールし、低所得の加盟国がエネルギーシステムを近代化するのを支援する仕組みである。今回の申請は、ギリシャからブルガリア・ルーマニアを経て中欧へ天然ガスを北送する戦略的輸送網「垂直ガス回廊」の整備を背景とし、中欧のロシア産エネルギーへの依存を低減する狙いがある。
この申請は環境団体の強い反発を招いている。環境NGOの分析によれば、排出削減を目的とする炭素市場収益を化石燃料インフラの整備に充てることは、EUのネットゼロ目標と直接矛盾する。
EUは化石燃料への資金供与を一貫して厳格化し、送電網の電化、再生可能エネルギー、省エネルギー事業を優先してきた。炭素市場収益の使途をめぐる今回の対立は、この方針との整合性を問うものである。
一部の東欧加盟国は、これらのパイプラインが将来的にクリーン水素を輸送すると主張する。一方で批判派は、天然ガスへのロックインリスクとみなしている。
近代化基金は過去にも、同地域からの類似のガスパイプライン提案を、欧州投資銀行(EIB)による厳格な財務・技術デューデリジェンスの結果として却下または大幅に縮小した経緯がある。今回の申請も、同様の審査に直面する。
本件は、炭素市場収益の使途における気候政策の整合性と、エネルギー安全保障の要請が構造的に衝突する事例として位置づけられる。
排出削減を原資とする資金を化石燃料インフラに振り向けることへの批判と、脱ロシアを急ぐ供給網整備の必要性は、いずれも切実である。申請の可否を左右するのは、パイプラインの水素転用という主張にどこまで実体的な裏付けがあるか、そして近代化基金がこれをどう審査するかである。