ブラジル連邦検察庁(MPF)は2025年12月19日、アマゾナス州マニコレで展開されているカーボンオフセット事業「リオ・アマゾン・プロジェクト(VCS1147)」の事業主らに対し、総額224万レアル(約6,200万円)の損害賠償とクレジットの無効化を求める民事訴訟を連邦裁判所に提起した。
同検察は、開発業者が国際基準で義務付けられている地域住民への「自由で事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」を適切に得ておらず、伝統的な居住区に事業エリアを不当に重複させたと主張している。
本件は、地元共同体を軽視して森林管理を行う「グリーン・グラビング(環境を口実とした土地占有)」に対する監視が、ブラジル当局によって強化されている現状を浮き彫りにした。

訴えの対象となったのは、事業主であるブラジル森林保全会社(EBCF: Empresa Brasileira de Conservação de Florestas)のほか、国際的な信頼性基準を策定するベラ(Verra)、検証機関のHDOMコンサルトリア・アンビエンタル(HDOM Consultoria Ambiental)など、クレジットの認証・発行チェーンに関わる複数の企業である。検察側は裁判所に対し、同プロジェクトに関連するあらゆる活動の即時停止に加え、これまでに発行された全てのクレジット(VCU)の無効宣言と、ベラによる認証取り消しを命じるよう求めている。
検察の調査によると、同プロジェクトの対象エリアの13%がマニコレの「共同利用地域(TUC)」と重なっており、残りのエリアも住民がブラジルナッツの採集や漁業、狩猟といった自給自足の経済活動を行う場所と重複していることが判明した。これらの土地は、地域住民の文化的・社会的再生に不可欠な場所であり、事業によって住民の土地利用権が侵害されたと指摘している。
EBCF側は事前協議を実施済みであると反論しているが、連邦検察庁は「数時間の会議で情報を一方的に提供したに過ぎず、国際労働機関(ILO)第169号条約が定める適切な協議には該当しない」と断じている。さらに同検察は、プロジェクトによって得られた収益が企業に不当に分配される一方で、本来の土地所有者であるはずの先住民や伝統的共同体が、自らの権利に基づく利益を享受する機会を奪われたと強調した。
損害賠償請求の内訳は、不適切な手続きに対する精神的苦痛への賠償として影響を受けた共同体ごとに1万レアル(約28万円)、およびクレジット販売によって得られた不当な利益に相当する物質的損害として430,000ドル(約6,500万円)となっている。ブラジル当局は今後、アマゾン地域における「森林減少抑制(REDD+)」プロジェクトが、現地住民の自決権を侵害していないか、より厳格な法的手続きを通じて精査していく方針だ。
今回の提訴は、カーボンクレジット市場において「環境への貢献」と同じかそれ以上に「人権と公平性」が問われる時代の到来を象徴している。特にアマゾンでのREDD+事業は、土地境界の曖昧さを利用した権利侵害が長年指摘されてきた。
投資家やクレジット購入企業にとって、認証機関であるベラ(Verra)さえも訴訟対象に含まれた事実は極めて重い意味を持つ。今後は、技術的な炭素吸収量の算定だけでなく、その土地の歴史的背景や法的権利関係を第三者が精査する「人道的なデューデリジェンス」が、クレジットの真の価値(整合性)を左右する決定的な要因となるだろう。


