ブラジルの石油大手ペトロブラス(Petrobras)と英シェル(Shell)は2026年1月14日、ブラジル全土の土壌および森林に蓄えられた炭素量を精密に測定する共同プロジェクト「カーボン・カウントダウン(Carbon Countdown)」を開始した。
両社は計1,860万ドル(約28億6,000万円)を投じ、今後5年間で国内初となる包括的かつ標準化された炭素ストックのデータベースを構築する。この取り組みは、従来の国際的な推計値への依存を脱却し、独自の科学的根拠に基づくことで、同国のカーボンクレジット市場の信頼性を根底から高める狙いがある。
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今回のプロジェクトは、サンパウロ大学(University of São Paulo)のルイ・デ・ケイロス農業大学(Luiz de Queiroz College of Agriculture:Esalq/USP)に設置されたサンパウロ大学熱帯農業炭素研究センター(Center for Carbon Studies in Tropical Agriculture:CCarbon)が主導する。
投資額の1億レアル(約29億円)は、ブラジル国家石油・天然ガス・生物燃料庁(ANP)の規定に基づく研究開発投資義務として、両社が折半して拠出する。
調査の規模は前例のない規模に及ぶ。
ブラジル国内の全6つのバイオーム(生物群系)と全州を対象とし、農地、牧草地、天然林、劣化した土地など計6,500カ所のサンプリング地点を設定する。各地点では深さ1メートルまでの土壌サンプルを採取し、計25万回以上の分析を実施する。同時に、約1,000区画の森林において樹木の密度や幹の直径を測定し、植生に貯蔵されている炭素量も定量化する計画だ。
このデータの整備は、ブラジルの気候変動政策とカーボンクレジット市場にとって決定的な意味を持つ。これまで同国の炭素蓄積量の推定は、ブラジル固有の環境を十分に反映していない国際的な指標に頼らざるを得なかった。精緻な国内データベースが完成すれば、温室効果ガス排出インベントリの精度が向上するだけでなく、ボランタリーカーボンクレジット市場で取引されるクレジットの透明性が飛躍的に高まる。特に、農地における炭素固定が過小評価されていると主張してきた農業生産者にとって、強力な裏付けとなることが期待されている。
一方で、化石燃料企業が気候変動研究を資金援助することに対し、環境団体からは懸念の声も上がっている。
収集されたデータが、カーボンオフセットを口実とした石油・天然ガス開発の継続に利用されるのではないかという指摘だ。これに対し、プロジェクトを率いる研究チームは、調査結果に資金拠出企業が関与する余地はないと強調する。すべての研究成果は査読付き学術誌で公表され、一般にも公開されることで科学的な中立性と透明性を担保するとしている。
カーボン・カウントダウンによるデータ収集は2030年まで継続される予定である。このプロジェクトが成功すれば、ブラジルは自国の炭素資産を正確に価値化し、国際的な気候変動交渉において主導権を握るための科学的な基盤を手にする。同国が世界的なカーボンクレジットの供給拠点としての地位を固められるか、今後の5年間にわたる調査の進展が注目される。
本ニュースは、ブラジルが「データの主権」を取りに来たという印象を強く受けるニュースだ。
これまでボランタリーカーボンクレジット市場において、熱帯林の炭素吸収量の算定モデルは「信頼性が低い」として、たびたび批判の的となってきた。特にブラジル産のカーボンクレジットは、その規模の大きさゆえにグリーンウォッシュの疑いをかけられやすく、価格形成にも悪影響を及ぼしていた。
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今回のプロジェクトが画期的なのは、石油メジャーの資金を使いつつも、学術機関が主導して「ブラジル独自の標準データ」を作る点にある。これが完成すれば、算出の根拠が不明瞭だった古いカーボンクレジットは淘汰され、科学的に裏付けられた「高品質なカーボンクレジット」だけが市場に残る仕組みが整う。
日本企業にとっても、ブラジルは二国間クレジット制度(JCM)の候補地や自主的なオフセット先として重要なパートナーだ。このデータベースが稼働すれば、日本が輸入するブラジル産農産物の「カーボンフットプリント」の正確性も向上し、サプライチェーン全体の脱炭素化を加速させる可能性がある。
2030年の完了を待たずとも、中間報告の段階で市場のセンチメントを大きく変えるゲームチェンジャーになるだろう。
参考:https://www.nasdaq.com/articles/petrobras-and-shell-fund-brazils-carbon-countdown-initiative


