2025年6月13日、独キールのGEOMARヘルムホルツ海洋研究センターを中心とする国際チームは、学術誌 Environmental Research Letters において、海洋炭素除去(mCDR)の一部手法が海中の酸素を著しく奪い、海洋生態系を脅かす可能性を示したモデル研究を発表した。とりわけ、植物プランクトンや海藻のバイオマスを増やす「生物学的アプローチ」は、温暖化抑制による酸素回復量をはるかに上回る酸素消費を招き得るという。研究チームは「気候に良い施策が、そのまま海に良いとは限らない」と警告し、あらゆるmCDRプロジェクトに酸素モニタリングを義務づけるよう提言している。世界の海は過去数十年で酸素を約2%失ったとされ、温暖化が続けば酸素欠乏は加速し、貧酸素域(デッドゾーン)の拡大が懸念される。気候対策として注目されるmCDRだが、研究によれば海洋肥料散布、人工湧昇、大規模海藻栽培後の沈降などのバイオ量増強型の手法は、分解過程で大量の酸素を消費する。この酸素損失は、温暖化抑制で得られる酸素利得の4~40倍に達し得るという。一方、海洋アルカリニティ増強のような地球化学的アプローチは、栄養塩を投入せずバイオマスも増やさないため、酸素濃度への影響はごく小さいとされた。同研究で唯一プラス効果が示されたのは海藻を収穫して陸上利用する大規模養殖で、1世紀スケールでは気候変動で失われた酸素の最大10倍を回復し得る。ただし栄養塩流出の減少が生態系に与える別の影響も無視できない。用語解説mCDR(Marine Carbon Dioxide Removal):海洋を利用して大気中CO2を除去・隔離する手法の総称。海洋肥料散布(Ocean Fertilization):微量金属(鉄など)を散布し、植物プランクトンの光合成を活性化させてCO2吸収量を増やす試み。人工湧昇(Artificial Upwelling):深層の栄養塩豊富な海水をポンプなどで表層に持ち上げ、プランクトン増殖を促す技術。海洋アルカリニティ増強(Ocean Alkalinity Enhancement):石灰岩系鉱物を微粉砕して海中に投入し、CO2を重炭酸塩として化学的に固定する方法。本研究は酸素循環という「見えにくい指標」を無視すれば、善意の技術が海のレジリエンスを損なう恐れがあることを示した。カーボンクレジット市場やネガティブエミッション事業に携わる企業・政策担当者は、CO2削減効果と同列に酸素リスクも評価する多項目アセスメントへ舵を切る必要があるだろう。参考:https://www.geomar.de/en/news/article/what-helps-the-climate-is-not-automatically-good-for-the-ocean