コンサルティング企業のCapgemini Inventは、航空業界の脱炭素化に向け、国際的なカーボンオフセット制度「CORSIA」とEU域内の排出量取引制度「EU-ETS」の効率性および整合性を検証するレポートを発表した。両制度はそれぞれ異なる地理的・運用的スコープを持ちながら、航空部門の温室効果ガス(GHG)排出削減を目的としている。本コラでは、そんなEU-ETSと、国際民間航空機関(ICAO)によるカーボンオフセット制度CORSIAの機能と限界を整理し、それぞれの制度の整合性と今後の方向性を検討します。航空業界における炭素価格制度の基礎知識EU-ETSは、排出権の上限を設定し、企業間で排出枠の売買を行う「キャップ・アンド・トレード方式」を採用する制度です。欧州経済領域(EEA)内での航空運航に適用され、排出総量の削減を市場メカニズムで促進します。一方、CORSIAは国際航空のCO2排出増加分に対してカーボンクレジットを購入し、他のプロジェクトで排出削減を図る「オフセット制度」です。EU-ETS、地域主導型の強制排出制限制度EU-ETSは2005年に開始され、2012年以降は航空部門も対象に加えられました。2023年の改定では、2030年までに排出枠を62%削減する目標が設定され、2026年には航空部門への無償割当てが完全に廃止されます。この制度の特長は、明確な価格信号と資金活用です。排出枠のオークション収益は革新基金などを通じて脱炭素化に投資されます。ただし、制度運用に複雑さがあり、中小規模航空会社にとっては負担となる点が指摘されています。CORSIA、国際協調を基盤とするカーボンオフセット制度CORSIAは2016年に発足し、2021年から試行運用が開始されました。国際航空における排出量の85%を2019年レベルに維持することを目標に掲げ、加盟国は段階的に対象フライトを拡大しています。しかし、クレジット価格の低さ(2024年時点で平均11ドル/tCO2)や品質のばらつきが課題となっています。また、制度上、航空会社が直接排出削減を行う動機が薄く、「真の削減効果」に疑問の声もあります。現在の制度のすれ違いと構造的課題EU-ETSとCORSIAは、制度設計の原理や適用範囲、価格水準が大きく異なります。現状、EU-ETSはEEA内のフライトに、CORSIAは加盟国間の国際便に適用され、重複を避ける「クリーンカット原則」に基づいて運用されています。しかし、以下のような問題が生じています。野心水準の差:EU-ETSの方が厳格であり、EU域外航空会社との競争上の不公平が生じる可能性。制度間の分断:両制度が別個に管理されており、航空会社の事務負担が増大。抜け道の存在:CORSIA不参加国や民間機に対する規制が緩く、排出量が捕捉されにくい。制度統合か並立維持か2027年には、CORSIAの有効性を評価した上で、EU-ETSの対象範囲を国際便に拡大するかが再検討されます。報告書では以下のシナリオが示されています。全面ETS適用:最も削減効果が高いが、国際的な反発のリスク。現状維持(クリーンカット):外交摩擦を避けられるが、整合性に欠ける。重複適用(オーバーラップ):高いコストと調整の難しさ。分担制(ミックス):柔軟性はあるが、実務上の実現が困難。まとめEU-ETSとCORSIAという2つの炭素価格制度の現状と課題を整理し、今後の制度設計における分岐点を明らかにしました。制度の整合性と公平性を高めつつ、航空業界全体の排出削減効果を最大化するには、制度間の接続性を高める国際的な対話と、炭素クレジットの信頼性向上が不可欠です。参考:https://www.capgemini.com/insights/research-library/carbon-pricing-schemes-for-aviation/