本コラムでは、アジア太平洋地域におけるカーボンプライシングの調和と、アジア版炭素国境調整措置(CBAM)の構築がもたらす意義と可能性について考察する。アジア太平洋におけるカーボンプライシングの潮流近年、炭素価格制度(カーボンプライシング)は、気候変動対策として注目を集めている。とりわけ、鉄鋼やアルミニウム、セメントといった高排出産業を多く擁するアジア地域において、これらの制度の導入と調和は、脱炭素化を進める鍵となる。欧州連合(EU)に続き、アジアにおいても国境調整措置(CBAM)導入への機運が高まっている。アジアCBAMが必要とされる背景とその構造アジアの排出構造と炭素価格の格差がもたらす課題中国、インド、日本、韓国、オーストラリアといった主要国は、それぞれ炭素価格制度を導入し始めているが、その価格水準や制度設計はバラバラである。たとえば、中国の全国排出量取引制度(ETS)は世界最大規模であり、2025年には鉄鋼、アルミニウム、セメントにも拡大される予定である。こうした制度間の不整合は、いわゆる「カーボンリーケージ(炭素の漏洩)」を招きやすい。すなわち、厳格な規制下にある国の企業が、規制の緩い国に生産を移すことで、排出量の削減が実質的に進まなくなるという問題である。アジアCBAMの構造と狙いアジア版CBAMは、域内で共通の排出基準や価格水準を設け、輸入品に対して同等の炭素価格を適用する仕組みである。これにより、輸入品と域内製品との間で公正な競争環境が整備され、炭素リーケージの抑止につながる。CBAM導入がもたらす産業界への影響と次のステップ炭素価格が生む投資インセンティブEUのETSの例を見れば明らかなように、炭素価格によって得られる収益は、イノベーション支援や技術開発資金として再投資されている。アジアにおいても、同様に炭素価格収入を用いた産業支援が提唱されている。たとえば、オーストラリアや中国では、グリーン水素を活用した鉄鋼製造や、カーボンフリーなアルミニウム精錬の技術が研究・実証されており、これらの技術は市場競争力を高める潜在力を持っている。課題と今後の展望とはいえ、制度設計の統一、排出量のMRV(測定・報告・検証)制度の整備、経済的影響の均衡化といった課題は依然として残る。特に、経済発展の段階が異なるアジア諸国間では、「共通だが差異ある責任」の原則の下、段階的な導入が求められる。まとめ本コラムは、アジア版CBAMの導入がアジア太平洋地域の脱炭素と経済成長の両立に向けた鍵となる可能性を示した。現在、世界最大の産業排出地域であるアジアが、域内の協調によって炭素価格のギャップを埋め、産業界に明確な脱炭素の方向性を示すことは、地域経済の競争力強化と持続可能な社会の実現に直結する。今後は、制度の具体化に向けた国際連携と、国内の制度強化の両輪が求められる。参考:https://climateenergyfinance.org/