企業が気候変動対策に取り組む上で、全ての出発点となるのが、自らの活動からどれだけの温室効果ガス(GHG)が排出されているかを正確に把握することです。そのための世界標準の会計ルール「GHGプロトコル」では、排出量を3つの「スコープ」に分類します。この記事では、その最も基本的で、企業の直接的な責任範囲を示す「Scope1(スコープ1)排出量」について、その定義と具体的な内容を解説します。Scope1排出量とは?Scope1排出量とは、一言で言うと「事業者自らが所有・管理する排出源から、温室効果ガスが”直接”排出される量」のことです。これは、自社の工場で燃料を燃やしたり、自社が所有する社用車を走らせたりする際に、その煙突やマフラーから直接大気中に出ていく温室効果ガスを指します。「自らの手で直接汚染を生み出している部分」と考えると分かりやすいでしょう。GHGプロトコルでは、このScope1排出量の算定・報告が、全ての企業にとっての基本であり、必須項目とされています。なぜScope1が重要なのか?Scope1は、企業の気候変動への責任と行動を考える上で、最も根本的な領域です。直接的な管理責任の範囲Scope1排出量は、企業が直接的に管理・コントロールできる活動から生じます。そのため、その削減は、企業の気候変動に対する本気度を最も明確に示す指標となります。GHGインベントリ(排出量一覧)の基礎信頼できるGHGインベントリを作成する上で、Scope1の網羅的な算定は避けて通れない第一歩です。まず「自分の家をきれいにする」ことから、全ての対策が始まります。具体的な削減策の立案が容易排出源が自社の管理下にあるため、省エネルギーの推進、燃料の転換、車両の電動化といった、比較的明確で実行しやすい削減策を立てることが可能です。Scope1排出量の主なカテゴリーと具体例GHGプロトコルでは、Scope1排出量を、主に以下の4つのカテゴリーに分類しています。固定発生源における燃料の燃焼工場やオフィスビルなどに設置された、動かない設備で燃料を燃やすことによる排出。具体例:工場のボイラーや工業炉(石油、天然ガスなどを燃焼) ビルの暖房用ボイラー 自家発電設備移動発生源における燃料の燃焼企業が所有・管理する輸送手段で燃料を燃やすことによる排出。具体例:営業用の社用車(ガソリン、ディーゼル) 自社保有のトラック、船舶、航空機工業プロセスからの排出(プロセス排出)燃料の燃焼ではなく、製品の製造過程における化学反応や物理的作用によって、直接的に温室効果ガスが排出されるもの。具体例:セメント製造(石灰石の化学反応によるCO2排出) 化学製品(硝酸、アジピン酸など)の製造 アルミニウム精錬(PFCsの排出)意図的・非意図的な漏洩(フュージティブ排出)意図的、あるいは事故や不注意によって大気中に漏れ出す排出。具体例:業務用冷凍・空調機器からの冷媒フロン(HFCs)の漏洩 自社が管理する天然ガスパイプラインからのメタン(CH4)漏洩 石炭採掘時のメタン放出Scope2、Scope3との関係Scope1を正しく理解するには、他のスコープとの境界線を意識することが重要です。Scope 1:自ら燃料を燃やすなどして直接排出する。(例:自社のボイラー)Scope 2:他社が作ったエネルギー(電気、熱、蒸気)を購入して使用することに伴う間接的な排出。(例:電力会社が発電所で排出したCO2)Scope 3:Scope 1,2以外の、サプライチェーン全体から生じる間接的な排出。(例:購入した原材料の製造、従業員の通勤、製品の輸送など)この明確な分類により、社会全体で排出量が二重に数えられる(ダブルカウント)ことを防ぎます。メリットと課題(算定・削減の観点から)メリット自社の管理下にあるため、排出量のデータ収集や算定が、Scope3に比べて比較的容易。削減努力の効果が直接的に現れやすく、投資対効果を測定しやすい。デメリット(課題)製造業や運輸業など、業種によってはScope1排出量が事業の根幹と直結しており、その削減には大規模な設備投資や、事業構造そのものの変革が必要となる場合がある。まとめと今後の展望本記事では、Scope1が、企業が自らの事業活動から直接排出する温室効果ガスであり、気候変動対策における責任の出発点であることを解説しました。【本記事のポイント】Scope1は、企業が所有・管理する排出源からの直接排出。燃料の燃焼、工業プロセス、漏洩(フュージティブ)の3つが主なカテゴリー。企業のGHG排出量算定における、最も基本的で必須の範囲。その削減は、企業の気候変動への本気度を測る直接的な指標となる。近年、サプライチェーン全体の排出量であるScope3への関心が高まっていますが、信頼できる気候変動対策の基礎は、常にScope1とScope2の着実な削減にあります。国際開発の視点からも、途上国の企業がまず自社のScope1排出量を正確に把握し、削減する能力を身につけることは、その国の産業全体の脱炭素化と、グローバルなサプライチェーンへの参画を可能にするための、極めて重要な第一歩なのです。