パリ協定の「1.5℃目標」達成には、単に排出量を削減するだけでなく、大気中から二酸化炭素を積極的に取り除き、貯留する「炭素除去(Carbon Dioxide Removal, CDR)」が不可欠とされています。この記事では、この新しいCDRという分野、特に科学技術を用いた手法の信頼性を担保し、市場を創り出している世界的なリーディングカンパニー「Puro.earth」について、その役割と仕組みを解説します。Puro.earthとは?Puro.earthとは、一言で言うと「科学的根拠に基づく、長期的な炭素除去(CDR)を専門に認証し、取引する世界初のB2Bプラットフォーム」です。その最大の特徴は、一般的な排出削減(Avoidance)や、永続性が課題となりうる一部の自然吸収系のクレジットとは一線を画し、「CO2を大気中から取り除き、100年〜1000年以上の単位で安定的に貯留する」という、極めて厳格な基準に特化している点です。この基準を満たした、1トンのCO2除去量を認証したものが「CORC(CO2 Removal Certificate、二酸化炭素除去証明書)」と呼ばれます。なぜPuro.earthが重要なのか?Puro.earthの取り組みは、次世代の気候変動対策市場を創造し、そこへの資金の流れを加速させる上で極めて重要です。新たな市場の創出と信頼性の構築Puro.earthは、これまで評価が難しかった様々なCDR技術に対し、世界で初めて科学的な方法論(Methodology)を開発・提供しました。これにより、信頼できるCDRプロジェクトに価格が付き、新たな市場が生まれました。「永続性」という価値の提供企業の「カーボンニュートラル」宣言において、排出したCO2をいかに「永続的」に相殺できるかが問われています。Puro.earthが保証する長期貯留は、この問いに対する最も信頼性の高い答えの一つとなります。金融市場との接続(Nasdaqによる買収)2021年に米国の金融大手Nasdaq(ナスダック)がPuro.earthの過半数株式を取得しました。これは、CDRが単なる環境活動ではなく、金融市場が認める本格的な資産クラスへと成長しつつあることを象徴しており、途上国などでの新たなCDR産業開発への大規模な投資を呼び込むきっかけとなっています。Puro.earthの仕組みと認証技術Puro.earthは、「基準設定」「登録簿」「市場」という3つの機能を併せ持ちます。Puro Standard(基準)とCORCの発行Puro.earthは、厳格な科学的要件を定めた「Puro Standard」を策定しています。プロジェクトは、この基準に沿って第三者機関による検証を受け、初めてCORCの発行が認められます。発行されたCORCは、二重計上などを防ぐため「Puro Registry」で透明性高く管理されます。 主な認証対象となるCDR技術Puro.earthは、革新的な様々なCDR技術を認証対象としています。バイオ炭(Biochar): 木材などのバイオマスを無酸素状態で熱分解して作る炭。土壌に混ぜることで、炭素を数百年〜千年以上という長期にわたり安定的に貯留します。土壌改良効果もあり、農業分野での活用が期待されています。炭素固定建材(Carbonated Building Materials): 製造プロセスなどでCO2を吸収・鉱物化し、コンクリートなどの建材の内部に半永久的に固定する技術。大気中からの直接回収(DAC): 特殊なフィルターで大気中のCO2を直接回収し、地中などに貯留する技術。Climeworks社(スイス)などがこの分野でPuro.earthの認証を取得しています。国内外の動向国際的な動向Microsoft、Stripe、ShopifyといったグローバルIT企業が、自社の排出量を永続的に中和するため、CORCの主要な買い手となっています。彼らの先進的な購買活動が、CDR市場全体の技術開発とコストダウンを牽引しています。日本国内の動向日本でも、バイオ炭を製造する事業者がPuro.earthの認証を取得し、CORCを創出する事例が出始めています。また、グローバルに事業を展開する日本企業が、自社の気候変動目標達成のためにCORCを購入する動きも今後活発化すると見られています。メリットと課題メリット高い信頼性と永続性:科学的根拠に基づいた長期的な炭素貯留を保証するため、最も品質の高いクレジットの一つと見なされている。技術革新の促進:新しいCDR技術に明確な収益機会を与えることで、研究開発と社会実装を加速させる。新たなグリーン産業の創出:途上国などにおいて、バイオ炭生産のような新しい産業を育て、雇用を生み出す可能性がある。デメリット(課題)コストの高さ:現在、CORCの価格は、従来の排出削減クレジットに比べて数倍〜数十倍と高価であり、購入できる企業が限られている。供給量の限界:市場がまだ黎明期にあり、急増する需要に対してCORCの供給量が全く追いついていない。エネルギー消費とライフサイクル評価:一部のCDR技術は稼働にエネルギーを要するため、そのライフサイクル全体でのCO2収支を厳密に評価する必要がある。まとめと今後の展望本記事では、Puro.earthが「永続的な炭素除去(CDR)」という新しい市場を切り拓く、世界的なフロントランナーであることを解説しました。【本記事のポイント】Puro.earthは、科学技術ベースの長期的炭素除去に特化した世界初の認証・取引プラットフォーム。そのクレジット「CORC」は、100年以上の永続性を保証する高い品質を持つ。バイオ炭や炭素固定建材などが、主な認証技術。Nasdaqによる買収は、CDR市場の金融的な重要性を示している。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書でも、今世紀末までの気温上昇を1.5℃に抑えるには、CDR技術が不可欠であると結論付けられています。Puro.earthが構築する信頼性の高い市場は、これらの重要技術を育て、世界が必要とする規模にまでスケールアップさせるための、極めて重要な社会基盤と言えるでしょう。コストや供給量といった課題は大きいものの、その挑戦こそが、ネットゼロの先の「カーボンネガティブ」な社会を可能にする鍵となります。