近年、世界各国や企業が「ネットゼロ(Net Zero)」宣言を相次いで表明し、地球温暖化対策の新たなゴールとして注目を集めています。ネットゼロとは、自社やサプライチェーンで排出された温室効果ガス(GHG)を、削減と吸収(またはオフセット)によって相殺し、実質的に「排出量ゼロ」を目指す概念です。とくにカーボンクレジット市場が成熟するなか、ネットゼロ戦略におけるカーボンクレジット活用の位置づけを正しく理解することが、企業の信頼性向上と持続可能性の実現につながります。ネットゼロの定義ネットゼロ(Net Zero)は、ある期間内(通常は年度ベース)に排出されたCO2やメタンなどのGHG排出量と、大気中から吸収・除去された量を等しくする状態を指します。ここでいう「吸収」には、森林再生によるバイオシス抑制や土壌炭素の固定、さらには技術的な直接空気回収(DAC:Direct Air Capture)などの手法が含まれます。排出量の大部分はまず自社の省エネや再生可能エネルギー導入で削減し、残余分をカーボンクレジットでカーボンオフセットするのが一般的なアプローチです。カーボンニュートラルとの違いカーボンニュートラルとネットゼロは似た言葉ですが、厳密にはニュアンスが異なります。カーボンニュートラルはGHG排出とオフセットのバランスをとること、たとえばイベント単位や製品ライフサイクル単位で適用されることが多いのに対し、ネットゼロは企業全体や国家レベルで長期的な排出・吸収バランスをとることに対して使われることが多いです。SBTi(Science Based Targets initiative)など国際的な枠組みでは、ネットゼロ達成に向けて厳しい削減目標とともに、「実質ゼロ排出後」のネガティブエミッションも考慮することが求められています。GHGプロトコルScopeとネットゼロ戦略ネットゼロ実現にあたっては、GHGプロトコルが示すScope1,2,3の各排出源を明確に把握し、CO2eで統一的に管理することが出発点です。特にScope3は企業活動の大半を占めるケースが多く、サプライヤーや顧客、物流など多岐にわたる排出源をどこまで削減し、カーボンオフセットするかがネットゼロ達成の鍵となります。これらを一つの数値として可視化し、減らすべきボトルネックを特定することで、カーボンクレジットの購入量とプロジェクト選定も最適化できます。カーボンクレジットの役割ネットゼロを目指す企業はまず、自社内で実現可能な排出削減を最大限進め、それでも残る排出量をカーボンクレジットでカーボンオフセットします。ここで重要なのは「質の高い」クレジットを選ぶことです。具体的には、Verraが運営するVCS(Verified Carbon Standard)やGold Standardなどの認証を受けたプロジェクトから発行されたカーボンクレジットを活用し、MRV(Measurement, Reporting, Verification:測定・報告・検証)が適切に行われていることを確認します。さらに2030年以降には、DACやバイオ炭などによる負の排出を積極的に取り入れ、実質ゼロを超えるネガティブエミッションを視野に入れるケースも出てきています。ネットゼロ達成までのステップ排出量の算定とベースライン設定まずはGHGプロトコルに沿ってScope 1,2,3をCO2eで算定し、排出の基準年(ベースライン)を決定します。削減目標とロードマップ作成SBTiなど国際イニシアチブに登録し、2030年や2050年のネットゼロ達成に向けた中長期目標と具体的施策を策定します。削減施策の実行エネルギー効率化、再エネ導入、サプライヤー協働など、削減余地の大きい領域から順に取り組みます。残余排出のオフセット質の高いカーボンクレジットを購入し、MRVが担保されたプロジェクトを通じて実質ゼロを達成。モニタリングとレポーティング定期的にCO2e排出量と吸収量をレビューし、進捗を社外ステークホルダーへ透明に報告します。最新動向と留意点デジタル技術を活用したdMRV(デジタルMRV)やブロックチェーンによるクレジット追跡システムの導入が進み、ネットゼロの透明性と信頼性が高まっています。一方で、カーボンオフセットのみを過度に頼ると「グリーンウォッシング(見せかけの環境配慮)」批判を招きかねません。まずは徹底した自社削減を前提に、残余分を適切にカーボンオフセットするバランスが重要です。まとめネットゼロは、地球温暖化対策の最前線を担う概念であり、カーボンクレジットはその実現を支える重要なツールです。GHGプロトコルに基づく排出量算定から削減ロードマップの策定、質の高いカーボンクレジットによるカーボンオフセットまで、一連のプロセスを丁寧に進めることが企業信頼の礎となります。まずは自社のCO2e排出量を可視化し、ネットゼロ達成に向けた具体的アクションをスタートさせましょう。